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『真理子という名前』  作者: 蔭翁


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第25話 それぞれの基準 ――揺るがないものを探して



東北代表・三浦奏の歌が終わった後も、

鳳雅シンフォニア・ドームの空気はすぐには動かなかった。


拍手が収まり、次の準備が進んでいるにもかかわらず――

どこか、全員の意識が“今の一曲”に残っている。


それほどまでに、余韻は深かった。



---


■ 詩の中の“基準”


佐久間詩は、ゆっくりと息を吐いた。


(……強かった)


三浦奏の歌。


揺れない芯。

迷いのない音。


それは、自分とはまるで違う場所にある強さだった。


(でも……)


詩は目を閉じる。


自分の歌を思い出す。


震えた声。

それでも押し出した最後の音。


(私の歌は、あれでよかった)


初めて、そう思えた。


誰かと同じじゃなくていい。


違うからこそ、意味がある。


(私の基準は……私でいい)



---


■ 紗江の揺れ


田村紗江は、少しだけ俯いていた。


(……全然違う)


葵とも違う。

奏とも違う。


自分の歌は、あまりにも“揺れている”。


それが良かったのか、悪かったのか。


まだ分からない。


「紗江ちゃん」


詩の声に顔を上げる。


「さっきの歌、ちゃんと残ってるよ」


紗江は少し驚いたように目を見開く。


「え……」


「なんていうか……消えない感じ」


その言葉に、紗江の胸が少しだけ軽くなる。


(消えてない……?)


自分の声が、誰かの中に残っている。


その事実が、静かに心を温めた。



---


■ 玲の再定義


星野玲は壁にもたれながら、目を閉じていた。


頭の中で、今までの歌を並べている。


詩。

紗江。

葵。

奏。


(全部違う)


そして――


(全部、正しい)


玲はゆっくりと目を開く。


これまでの自分は、“完成”を信じてきた。


だが今は違う。


(完成だけが、答えじゃない)


むしろ――


(どう在るか、だ)


どんな声で。

どんな立ち方で。

何を届けるのか。


それが問われている。


玲の中で、新しい“基準”が形を取り始めていた。



---


■ 審査員席の分岐


審査員席では、意見が少しずつ分かれ始めていた。


「やはり星野玲が頭一つ抜けている」


「でも佐久間詩の伸び方は無視できない」


「田村紗江の声、印象に残りましたよ」


「藤原葵は安定している。安心して見ていられる」


「三浦奏の芯は強いですね」


それぞれの評価が交差する。


風間隼は、そのすべてを静かに聞いていた。


(分かれてきたな)


評価が一つにまとまらない。


それは――


この大会が“本物”である証でもあった。



---


■ 次の出場者たち


舞台では、次々と新しい声が生まれていく。


それぞれの地方代表。


それぞれの人生。


それぞれの音。


詩たちは、その一つ一つを見つめていた。


(みんな……ここまで来てる)


誰一人として、軽くはない。


この場所に立っている時点で、全員が“何か”を持っている。



---


■ 見え始めたもの


詩はふと、ステージを見つめながら思う。


(勝ち負けだけじゃない)


ここは、ただの競争ではない。


それぞれが、自分の“答え”を持ち寄る場所。


そして――


(それを、選ばれる場所)


厳しい現実も、同時に存在している。



---


■ 静かな決意


紗江は小さく拳を握った。


(もし次があるなら……)


もっと、届けたい。


もっと、自分の声を信じたい。


玲は視線をステージに向けたまま、静かに思う。


(まだ終わってない)


詩はまっすぐ前を見つめる。


(次に進む)



---


■ 分岐点へ


午後の演奏は、終盤へ向かっていた。


残る出場者も、あとわずか。


やがて訪れる結果発表。


その時――


すべての“基準”が、ひとつの結論にまとめられる。


だが今はまだ、


それぞれがそれぞれの答えを抱えたまま、

この舞台に立っている。



---


光は同じ。


だが、見えている景色は違う。


それでも彼女たちは進む。


自分の基準を信じて。



---


(第25話・了 → 第26話へ続く)

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