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『真理子という名前』  作者: 蔭翁


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第23話 交差する音 ――それぞれの現在地


藤原葵の拍手の余韻が、ゆっくりとホールからほどけていく。


鳳雅シンフォニア・ドームの空気は、確かに変わっていた。


静かで、しかし熱を帯びたまま。


次の出場者を迎える準備が整っていく中、

舞台袖には、それぞれの“今”が交差していた。



---


■ 詩の現在地


佐久間詩は、自分の手のひらをじっと見つめていた。


(……届いた)


さっきのステージ。


完璧じゃなかった。

でも、確かに“誰か”に届いた感触がある。


その実感が、今も胸の奥に残っていた。


けれど――


(まだ足りない)


藤原葵の歌を思い出す。


安定。

完成。

そして、揺るがない存在感。


(あの場所に、私はまだいない)


詩はそっと拳を握る。


(でも……近づける)


昨日より今日。

今日より、もう一歩先へ。


それが今の自分の進み方だと、はっきり分かっていた。



---


■ 紗江の現在地


田村紗江は壁にもたれ、小さく息を吐いた。


(終わった……)


安堵と、わずかな悔しさ。


自分の歌は、間違いなく“自分らしかった”。


でも――


(あれで、届いたのかな)


観客の拍手を思い出す。


温かかった。


けれど、決定打だったのかは分からない。


紗江は自分の胸に手を当てる。


(私の声……ちゃんと残った?)


その問いに、まだ答えは出ない。


ただ一つ分かるのは――


(消さなかった)


震えも、不安も。


全部そのまま、歌に乗せた。


それだけは、確かだった。



---


■ 玲の現在地


星野玲は少し離れた場所で、静かに目を閉じていた。


周囲の音を遮るように。


(詩……紗江……そして、葵)


三人の歌が頭の中で重なる。


それぞれ違う。


でも――どれも強い。


(面白いな)


玲の中で、何かが確かに変わり始めていた。


これまでは「完成」を目指してきた。


正確に。

美しく。

完璧に。


だが――


(それだけじゃ、届かない瞬間がある)


詩の前進。

紗江の透明。

葵の完成。


そのすべてを見て、玲は理解し始めていた。


(私は……どう歌う?)


目を開く。


そこには、これまでとは少し違う光が宿っていた。



---


■ 次の出場者


場内アナウンスが流れる。


「――次の出場者、東北代表・三浦奏」


新たな名前。


新たな声。


舞台袖の空気が、再び張り詰める。


詩が顔を上げる。


紗江も姿勢を正す。


玲は静かにステージを見据える。


(まだ終わらない)



---


■ 風間の視点


審査員席で、風間隼はゆっくりと指を組んだ。


(ここまでで四人)


玲。

詩。

紗江。

葵。


それぞれが、違う答えを持っている。


(“正解”が増えてきたな)


本来、審査とは“選ぶ”ものだ。


だが今回は違う。


(これは……削る作業だ)


何かを切り落とさなければ、選べない。


その感覚に、風間はわずかな違和感と興奮を覚えていた。



---


■ 音が交差する場所


舞台に、三浦奏が現れる。


新しい空気が流れ込む。


これまでの音と、これからの音。


過去と現在。


完成と未完成。


それらすべてが、この一つの場所で交差していく。


詩は思う。


(みんな、それぞれの“今”で戦ってる)


紗江は思う。


(私も……ここにいる)


玲は思う。


(まだ、先がある)



---


拍手が鳴る。


新しい歌が始まる。


物語は、さらに深く進んでいく。



---


(第23話・了 → 第24話へ続く)

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