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『真理子という名前』  作者: 蔭翁


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第18話 玲の影、玲の光 ――彼女が見ていたもの




舞台に戻る詩の背中を見届けた後、

星野玲はゆっくりと深く息を吐いた。


胸の奥にまだ、さっきの歌の残響が残っている。


(……やっぱり。あの子、伸びてる)


自分でも驚くほど素直な感情だった。

悔しさでもなく、焦りでもない。


もっと遠くで、もっと澄んだ場所から吹いてくる風のような――

そんな感覚。



---


■ 玲の“視点”が映す世界


一歩下がると、舞台はまるで違う顔を見せる。


照明の角度。

伴奏者の指先。

審査員のペンの動き。

観客席の呼吸の揺れ。


玲は、それらを全部拾いながら歌うタイプの人間だった。


(今日の審査員……詩のラスト前で少し揺れた)


それが何を意味するかも、玲には分かっていた。


詩の歌はまだ粗い。

でも、粗さを抱えたまま“前へ”進む熱があった。


それは審査する側に“続きを見たい”と思わせる種類のもの。



---


■ 自分の影と向き合う


――なぜ、自分はこんなにも詩の歌に心が動いたのか。


玲は、その理由を知っていた。


(私……あの子みたいに歌いたかったのかもしれない)


技術で固めるのは得意だ。

どんな曲でも「正しく」届ける自信がある。


でも――


「揺れをそのまま光に変える」

そんな歌い方は、玲にはまだできていない。


だからこそ、詩の歌は彼女にとって刺激だった。



---


■ 舞台袖にいるもう一人の視線


「……玲さん」


声をかけてきたのは、神奈川代表・田村紗江だった。


玲と同じように詩の歌を聴き、

まるで自分の胸に突き刺さった何かを抱えたような顔をしている。


「すごかった……詩ちゃん。

 なんか、昨日と全然違う……」


玲は軽くうなずいた。


「そうね。でも、この場では“違う”って大事だから」


紗江は唇を噛む。


「私……勝てるかな」


その問いに、玲は即答しなかった。


(勝つ? 誰に? 詩に? 私に? それとも…自分自身?)


考えてから、短く答えた。


「勝ち負けじゃないよ。

 ここは“選ばれるかどうか”の場所だから」


紗江はその言葉の意味を、すぐには飲み込めなかったようだった。



---


■ 玲自身の“準備”


通路の先からスタッフが声をかけた。


「次、北海道代表の小林さんの準備入りまーす!」


その声を聞くと、玲の背筋が自然と伸びた。


(そろそろ……私の番も近い)


だが、胸の奥には奇妙な静けさがあった。


昨日まで感じていた“焦り”は消えていた。


詩が前に進んだ。

紗江も確実に自分の型を見つけつつある。


その中で――自分はどう歌うのか。


(揺れを怖がらない歌い方……

 私にもできるかな)


ふっと目を細める。


(いや、違う。

 私は私の光で歌うんだ)


舞台袖に差し込む照明が、玲の横顔を静かに照らした。



---


■ 玲の中で動き出した“何か”


詩の歌が、玲の影を少し動かした。

でも同時に――


玲の光もまた、強くなりつつあった。


(詩……ありがとう)


玲は心の中で小さくつぶやいた。


それは感謝であり、決意であり、

同時に、未来への合図でもあった。



---


(第18話・了 → 第19話「紗江の祈り ――揺れる心、揺れない願い」へ続く)



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