表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『真理子という名前』  作者: 蔭翁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/28

第15話 二日目開幕 ――揺れない声、揺れる心



鳳雅シンフォニア・ドームの天井は高く、朝の光がステージの上に淡いベールを落としていた。

昨日と同じ場所なのに、空気はまるで違う――

緊張が薄皮のように張りつめ、ホール全体が静かに脈打っている。


今日から第二日の演奏が始まる。

結果発表を終え、残った出場者たちは“もう後戻りできない場所”に足を踏み入れていた。



---


■ 詩の新しい朝


佐久間詩は、控室でストレッチをしながら呼吸を整えていた。


(……心が、落ち着いてる)


昨日までの震えは、嘘のように消えていた。

もちろん緊張はある。

だけど――胸の中心が静かに温かい。


自分の名前が掲示板に灯っていた瞬間を思い出す。


誰かに認められたとか、勝ち残ったとか、それだけじゃない。


(“続きがある”って、こんなに嬉しいんだ)


詩は深く息を吸い込み、軽く喉を鳴らした。

昨日より透明で、昨日より芯のある響き。


ノックの音がして、田村紗江が顔を出した。


「詩ちゃん、今日のステージ割り来たよ。詩ちゃんは……午後の三番目!」


「そ、そうなんだ……!」


紗江はにこっと笑い、手元のメモをひらひらさせる。


「詩ちゃん、昨日よりいい顔してる。大丈夫、いけるよ」


紗江の言葉に、詩は自然と笑みを返していた。



---


■ 玲の静かな決意


一方、星野玲はステージ袖で発声を済ませると、ゆっくりと耳を澄ませた。


(今日は……少し揺らぎがある。私自身に)


昨日の詩の歌が胸に引っかかっている。

あの不安定さ、あの一歩。

完璧さでは勝っているはずなのに、なぜだろう――

追い越されたわけでもないのに、置いていかれるような感覚。


「……いや、違う」


玲は自分の頬を軽く叩いた。


(刺激されたんだ。あの子の“歩き方”に)


完璧であることに安住しない。

むしろ、挑まれたと思っている。


静かな火が、玲の奥に灯っていた。



---


■ 審査員席の影


審査員席の前列に座った風間隼は、観客席をゆっくりと眺めていた。


昨日よりも観客が多い。

同じ顔ぶれでも、今日の空気は違う。


(さあ……第二幕だ)


風間はペン先で自分のノートを軽く叩く。

そこには、昨日の夜にまとめたメモが並んでいた。


“詩――音の“揺れ”が感情の形になる”

“玲――完成度の高さが輝きを増すほど、影の色も深くなる”


そしてもう一行。


“二人の差は、今日さらに浮き彫りになる”


風間は静かに息を吐いた。

審査員である前に、ひとりの音楽家として――

今日が“物語の分岐点”になると感じていた。



---


■ 二日目開幕


午前10時。

場内アナウンスが響き、照明がステージへ集中する。


「――第二日の演奏を開始します」


観客たちの拍手が波のように広がり、演奏者の気配がステージ裏でわずかに揺れる。


詩は、袖の手すりを握ってその光景を見つめていた。


(今日の私は……揺れずに歌えるかな)


心は静かでも、足先が少し震えている。

それは恐れではなく、むしろ――前へ進みたいという気持ちの震え。


玲が背後に立ち、静かに声をかけた。


「詩さん」


詩は振り返る。


「昨日のあなたの歌、忘れてないよ」


「え……」


玲はまっすぐ唐突な言葉を投げた。


「だから今日も、しっかり掴みに来て。あなたが揺れたら、私も揺れる。そういう関係のほうが面白い」


詩の胸がぎゅっと熱くなる。


「……うん。絶対、揺れない」


「いい顔」


玲は小さく微笑み、去っていった。



---


■ そして、舞台へ


第一出場者が歌い始める。

ステージの空気が震え、音の粒がホールを満たしていく。


詩はゆっくりと目を閉じる。

次は自分でも玲でもない、別の誰か。

その歌を受け止めながら、自分の番に備える。


――揺れない声。

――揺れる心。


二つの間で踏み出す“第二の日”。


今日のステージが、昨日より一歩深く彼女たちを試す。


光と影が交差する舞台は、まだ始まったばかりだった。



---


(第15話・了 → 第16話「午後三番 ――詩が見た景色」へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ