第410話 アマンダ逮捕作戦
ガルリオン共和国、王城。
会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
机の上にはアマル王国周辺の地図が広げられ、神剣グランディアは俺の前に置かれている。
アマンダ。
ヘリオス教の信徒を装い、何千人もの少女を調べ上げ、神剣と適応できなかった人間を違法な薬物へと変えていた女。
そして、少女を無理矢理に神剣と融合させ、禁忌の魔法のコアにした張本人だ。
あの女を放置するわけにはいかない。
「問題は、アマンダの魅了魔法だ」
俺は集まった面々を見渡した。
「相手の能力が分からない以上、普通の兵士を大勢連れていくのは危険だ。魅了されて敵に回られたら、こちらが混乱するだけだからな」
「確かに、精神に干渉する魔法は厄介です」
フィーナが険しい顔で答えた。
「抵抗できるかどうかは、本人の魔力や精神状態にも左右されます。対策を取らずに接触するのは危険でしょう」
「しかも、あの女は一度、俺たちの手から逃げている」
俺は机の上に置かれた地図を見つめた。
アルベール領での尋問中、アマンダは黒い煙を吐き出し、崩れ落ちるように消えた。
あれが何だったのか、今も分かっていない。
普通の人間ではない可能性もある。
少なくとも、通常の犯罪者と同じように扱うわけにはいかなかった。
「そこで、日本側に協力を頼んだ」
俺は説明を続けた。
「日本人には魔力がない。魅了魔法の影響を受けにくい可能性がある。もちろん、絶対に効かないとは言い切れないが、現地の兵士だけで動くよりは有利だ」
「日本の自衛隊を連れていくのか?」
ガルヴァンが確認した。
「ああ。今回はアマンダの逮捕が目的だ。日本側にも事情を説明し、協力を求めた」
日本政府は、国際的な犯罪者の逮捕に協力するという名目で、部隊の派遣を決めた。
同行するのは、自衛隊の特殊作戦群。
ただし、今回の任務はアマル王国そのものと争うことではない。
あくまでも、アマンダを発見して身柄を確保することが目的だ。
相手国の事情を無視して騒ぎを起こせば、外交問題にも発展しかねない。
慎重に動く必要があった。
「アマンダがどこにいるのかは、神剣グランディアが感じ取れる。俺が同行する理由は、それだ」
俺は神剣に視線を落とした。
この剣がなければ、アマンダの手掛かりを追うことさえ難しかっただろう。
だが、剣が居場所を示せるからといって、必ず捕まえられるとは限らない。
相手には魅了魔法がある。
禁忌の魔法についても、まだ分からないことが多い。
そして、背後には邪神ヴァルガディアがいる。
「全員、相手を甘く見るな。アマンダは、俺たちが知っている以上の手段を持っているかもしれない」
俺の言葉に、誰も軽口を返さなかった。
今回の作戦に失敗すれば、アマンダは再び姿を消すかもしれない。
そうなれば、次にどこで何をするのか分からない。
これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかなかった。
出発の日。
俺は日本側の部隊と合流した。
隊員たちの表情に、余計な緊張は見られない。
だが、誰もが今回の任務の危険性を理解しているようだった。
「今回、同行するリオンだ。協力に感謝する」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
隊員の一人が答えた。
「今回の目的は、対象の発見と身柄の確保です。現地の状況によっては、予定の変更も必要になります。こちらから確認や指示を出す場合は、協力をお願いします」
「ああ。俺も勝手な行動はしない。必要な情報はできる限り共有する」
俺はそう約束した。
俺が神剣の声を聞けるという事実は、作戦上の重要な情報だ。
しかし、神剣の声が聞こえるのは俺とゼオンだけだった。
神様であるヘリオスにすら聞こえなかったのだから、説明したところで簡単には信じてもらえないだろう。
それでも、神剣が示す情報を正確に伝えることはできる。
それが、俺の役目だった。
準備が整い、俺たちはヘリに乗り込んだ。
ローターの音が響き、機体がゆっくりと地面を離れる。
窓の外には、広大な森林と街道が見えた。
そのどこかに、アマンダがいる。
俺は神剣グランディアを手元に置き、窓の外を見つめた。
『リオン。南です。もう少し南に、私が感じる場所があります』
「分かった」
俺は小さく返事をした。
「位置が分かりましたか?」
隣の隊員が尋ねた。
「ああ。まだ正確な場所ではないが、南の方角だ」
「了解しました」
隊員は地図を確認し、必要な情報を記録した。
やがて、ヘリはアマル王国の国境付近にある森へと向かった。
人目につかない場所に着陸し、俺たちは先行隊と合流して馬車と荷物を受け取った。
ここから先は、商人として行動する。
俺たちは用意していた衣服に着替え、荷物を馬車に積み込んだ。
俺も商人らしい服装に身を包む。
腰には武器を携帯しているが、外からは目立たないようにした。
自衛隊員たちも、商人や護衛に見える格好になっている。
ただし、見た目を変えたからといって、警戒を解いたわけではない。
全員が必要な装備を携行し、緊急事態に備えていた。
「商人ギルドのカードです」
隊員からカードを受け取った。
「これで入国できるんだな?」
「必要な書類はそろっています。あとは通常の手続きに従ってください」
「分かった」
俺たちは馬車を進め、街道へと出た。
しばらく進むと、アマル王国の国境を管理する門が見えてきた。
門の前には、商人や旅人が列を作っている。
兵士たちは一人ずつ身分を確認し、荷物を調べていた。
俺は馬車の中で、もう一度神剣に尋ねた。
「グランディア。アマンダは、この先にいるんだな?」
『はい。ただし、正確な位置までは分かりません。近づけば、もう少し詳しく感じ取れると思います』
「分かった。引き続き頼む」
『お任せください』
俺は剣を布で包み、荷物の中に収めた。
アマンダの居場所を示す唯一の手掛かりだ。
失うわけにはいかない。
やがて、俺たちの順番が来た。
「入国の目的は?」
門番が馬車の前に立ち、俺に尋ねた。
「商売だ。商品を仕入れるために、この国を回る予定だ」
俺は商人ギルドのカードを差し出した。
門番はカードを受け取り、記載された情報を確認する。
「荷物を調べる。協力してもらうぞ」
「構わない」
門番は馬車の荷台を確認した。
用意していた商品や旅の道具を一つずつ調べていく。
その間、俺は余計なことを話さず、静かに待った。
ここで不審に思われれば、入国そのものが難しくなる。
そして、騒ぎを起こせばアマンダに警戒される可能性もある。
時間がかかっても、焦るわけにはいかなかった。
やがて、門番はカードを返した。
「よし、通っていいぞ」
「ありがとう」
俺たちは馬車を進めた。
国境の門を越え、アマル王国へ入る。
これで、アマンダを追うための第一段階は終わった。
だが、ここからが本番だ。
俺は街道の先を見つめた。
アマンダは、何千人もの人間を犠牲にしてきた。
その中には、自分が何をされるのかも知らずに連れ去られた人々がいたはずだ。
そして、あの少女も。
少女は今、ガルリオン共和国で保護されている。
少しずつ記憶を取り戻し、ようやく落ち着いて過ごせるようになってきた。
もう二度と、あのような目に遭わせるわけにはいかない。
「……必ず見つける」
俺は小さく呟いた。
『リオン?』
「いや、何でもない」
馬車が街道を進み始める。
周囲には、いつもと変わらない人々の暮らしがあった。
商人が荷物を運び、旅人が道を歩き、遠くには畑仕事をする人々の姿も見える。
この平穏な景色のどこかに、アマンダが潜んでいる。
彼女が次に何をしようとしているのか、俺たちはまだ知らない。
だからこそ、急がなければならない。
アマンダを発見し、身柄を確保する。
そして、邪神ヴァルガディアにつながる情報を手に入れる。
それができなければ、事件は終わらない。
俺たちは商人を装いながら、アマル王国の街へと向かった。
誰にも気づかれずに、アマンダの居場所を突き止めるために。




