第408話 神剣が語る少女の秘密
神剣グランディアは、相変わらず祭壇の上に置かれていた。
ただし、俺にはその声が聞こえている。
「さて、グランディア。そろそろ話してくれないか? お前が知っていることを」
『……わかりました』
女性の声が頭の中に響いた。
先ほどの悲鳴とは違い、今度は落ち着いた声だった。
『まず、私は神界から盗まれました』
「やっぱりか」
俺は思わずヘリオスの方を見た。
神剣が盗まれた。
その可能性は考えていたが、まさか本当にそうだったとは。
『私を盗んだのは、邪神ヴァルガディアです。あの者は、私を手に入れるために多くの魔力を使いました』
「神剣を手に入れて、何をするつもりだったんだ?」
『禁忌の魔法です』
嫌な言葉が出てきた。
禁忌の魔法。
マサラ王国で起きた事件と、無関係とは思えない。
『邪神の信徒であるアマンダが、私を使うための器を探していました。私と適応できる人間を見つけるため、何千人もの少女を調べたのです』
「何千人も……?」
『はい。そして、ようやく一人の少女を見つけました』
俺の脳裏に、あの少女の姿が浮かんだ。
今はゼオンたちに見守られながら、少しずつ記憶を取り戻している少女。
自分の声で話すことができず、紙に文字を書いて意思を伝える少女だ。
「……あの子か」
『そうです』
グランディアの声が、わずかに沈んだ。
『私は、人間に利用されたくありませんでした。だから、少女が私に触れようとすると、電流を流して拒みました』
「電流?」
思わず聞き返してしまった。
神剣から電流。
いや、魔法の一種なのだろうが、言い方が妙に現代的だ。
『少女を傷つけたくはありませんでした。しかし、私を使わせないためには、それしか方法がなかったのです』
「それで、少女は触れられなかったのか」
『はい。ですが、アマンダは諦めませんでした』
グランディアの声が、さらに重くなる。
『アマンダは、少女の身体に私を無理矢理押し込みました』
「……は?」
思わず言葉が止まった。
剣を身体に押し込む。
普通なら、そんなことができるはずがない。
だが、ここは異世界だ。
しかも、相手は禁忌の魔法を扱う邪神の信徒。
常識が通じる相手ではなかった。
『少女と私は融合させられました。そして、少女は禁忌の魔法を発動させるためのコアにされたのです』
「コア……」
つまり、少女自身が魔法の核にされたということか。
マサラ王国で見つかった地下施設。
魔法陣。
大量の塩。
そして、住民たちの消失。
今まで別々だった情報が、少しずつつながり始めていた。
「待て。少女は、あの事件の間ずっと意識があったのか?」
『……はい』
俺は息を呑んだ。
『少女は、考えられないほど辛い記憶を抱えることになりました。私は、それ以上耐えさせることができませんでした』
「だから、記憶を消したのか?」
『はい。辛い記憶を、私が消しました』
少女が何も覚えていなかった理由。
それは、事件に巻き込まれて記憶を失ったからではなかった。
グランディアが、少女を守るために消したのだ。
「……そうか」
俺はそれ以上、すぐには言葉を続けられなかった。
あの少女は、ただ事件に巻き込まれただけではない。
何千人もの中から選ばれ、望みもしない役目を押しつけられた。
そして、神剣と融合させられた。
それでも、彼女は生きている。
俺たちが助け出したとき、彼女は確かに生きていた。
「グランディア。お前が記憶を消してくれたんだな」
『私にできることは、それくらいでした』
「いや、それは十分だ」
俺ははっきりと答えた。
「お前がいなかったら、あの子はどうなっていたか分からない」
『……ありがとうございます』
グランディアの声が、少しだけ柔らかくなった。
俺は続きを促した。
「邪神ヴァルガディアは、今どこにいる?」
『分かりません。ただ、私を手に入れるために魔力のほとんどを使いました。今は休んでいるはずです』
「休んでいる、か……」
そんな都合のいい話があるのかと思ったが、神剣が嘘をつく理由もない。
むしろ、邪神が今すぐ動けないというのなら、こちらにとっては好都合だ。
「それで、アマンダの居場所は?」
『それなら分かります』
俺は顔を上げた。
「本当か?」
『はい。アマンダがどこにいるのか、私は感じ取ることができます』
ようやく、手掛かりが見つかった。
邪神ヴァルガディア本人の居場所は分からない。
だが、その信徒であり、事件の実行役だったアマンダの居場所は分かる。
これは大きい。
「……よし」
俺は頷いた。
そのとき、グランディアが少し遠慮がちに言った。
『もう一つ、お願いがあります』
「何だ?」
『私を少女から取り出してくれた、精霊の王にお礼を伝えたいのです』
「ああ……」
そういえば、あのとき少女から剣を取り出したのは、ゼオンと精霊の女王だった。
グランディアにとっても、あの出来事は大きな意味があったのだろう。
「分かった。伝えておく」
『ありがとうございます』
俺はそこで、ふと気になったことを尋ねた。
「ところで、アマンダってどんな姿をしているんだ?」
『女性です。修道服を着ていました。穏やかな笑顔を浮かべていましたが、その目は……』
「修道服?」
『はい。人々からは、シスターと呼ばれていたようです』
「シスターか!」
思わず大声が出た。
間違いない。
俺たちが追っていた、あのシスターだ。
尋問の最中、黒い煙を吐き出して崩れ落ちるように消えた女。
イザベラを利用し、マサラ王国で禁忌の魔法を実行した女。
その名前が、ようやくつながった。
アマンダ。
あのシスターの名前は、アマンダだったのだ。
「グランディア!」
『は、はいっ!?』
「アマンダを探したい。俺についてきてくれないか?」
俺は思わず、剣に向かって懇願していた。
ここで逃すわけにはいかない。
アマンダを見つければ、邪神ヴァルガディアの目的に近づけるかもしれない。
マサラ王国で何が起きたのか。
なぜ、あの少女が選ばれたのか。
そして、邪神が本当に何をしようとしているのか。
その答えを知るためには、アマンダを追う必要がある。
『……分かりました。お供します』
「助かる!」
『ただし、大声を出すのは控えてくださいね』
「善処する」
『本当ですか?』
「……善処する」
俺は神剣グランディアを握りしめた。
その瞬間、視界が揺れた。
祭壇も、教会も、ヘリオスの姿も、まるで遠ざかっていくように感じられた。
「おい、リオン! 何をしている! その剣と何を話していたのだ!?」
ヘリオスの声が聞こえる。
だが、俺は返事をしなかった。
次の瞬間、意識が元の場所へと引き戻された。
気がつけば、俺は教会の祭壇の前に立っていた。
手には、神剣グランディア。
「……戻ってきたか」
俺は剣を見下ろした。
先ほどまでの会話は、夢でも幻でもない。
俺は確かに、神剣と話をしたのだ。
そして、その声は今も聞こえていた。
『リオン様、これからよろしくお願いします』
「様はいらん。リオンでいい」
『では、リオン。よろしくお願いします』
俺は小さく笑った。
「こちらこそ、よろしくな」
そのとき、教会にバーンとフィーナが現れ「リオンさんヘリオス様が『リオン!聞いているのか!説明しろ!なぜ私には何も聞こえなかったのだ!?』怒り心頭の神託が!?」
俺は神剣を握ったまま、教会の出口へと歩き出した。
「悪い、フィーナ。今は忙しい」
フィーナは慌てて「また、神託が来ました『待て!待たぬか!神剣を持ってどこへ行く!?』ってなんで神剣を持って来てるの!?」
「アマンダを探しに行くんだよ」
フィーナはパニックになり「ヘリオス様、少し落ち着いて下さい。叫ばないで神託は伝えますー『だから、なぜ剣と会話できるのだと聞いているのだ!』へっ、リオンさん、神剣と会話できるのですか?」
「それは俺にも分からん!」
俺は正直に答えた。
神様にも分からない。
俺にも分からない。
だが、神剣の声は聞こえる。
そして、アマンダの居場所も分かるらしい。
ならば、やることは一つだ。
俺は神剣グランディアを握り直した。
「待っていろよ、アマンダ」
今度こそ、逃がすつもりはなかった。




