第406話 邪神と神剣の謎
少女から話を聞いた翌日。
リオンは執務室で腕を組み、机の上に置かれた報告書を眺めていた。
少女の記憶は断片的だった。
シスターらしき優しい女。剣と塩、そして甘い何か。さらに、神剣グランディアとの会話。
特に気になったのは、神剣が少女に語りかけていたという話だった。
「……本人に聞くのが一番早いか」
リオンは椅子から立ち上がった。
神剣グランディアは、以前、神のヘリオスに返している。
ならば、ヘリオスに頼むしかない。
「ガルヴァン、少し出かけてくる」
「どこへ行くんだ?」
「教会だ。ヘリオスに会ってくる」
「また神様かよ。お前、神様相手でも遠慮がねえからな」
「必要な話をしに行くだけだ」
「はいはい。気をつけて行ってこい」
ガルヴァンの適当な見送りを背に、リオンは城を出た。
王都の教会は、いつもどおり静かな雰囲気に包まれていた。
信者たちが祈りを捧げ、神官たちが忙しそうに行き交っている。
リオンが訪問を告げると、神官は驚いた顔をしたものの、すぐに奥の部屋へ案内してくれた。
部屋の中央には、神託を受けるための祭壇がある。
リオンは祭壇の前に立ち、呼びかけた。
「ヘリオス、聞こえているか?」
しばらくすると、祭壇が淡い光を放った。
『……リオンか。今度は何の用だ?』
頭の中に、聞き覚えのある声が響く。
「少し聞きたいことがある」
『言ってみろ』
「邪神ヴァルガディアについてだ。あいつは何者なんだ?」
祭壇の光がわずかに揺れた。
『ヴァルガディア? ああ、あの神の名を語るペテン師のことか』
「……ペテン師?」
リオンは思わず聞き返した。
『そうだ。神の名を勝手に語り、己を崇めさせようとする者など、ペテン師と呼ぶほかあるまい』
「なるほどな」
リオンは顎に手を当てた。
邪神ヴァルガディアは、神の名前を語る存在。
ヘリオスの話が正しければ、少なくとも神々の間で認められた神ではないらしい。
だが、ここで一つ、気になることがあった。
「ところでヘリオス」
『何だ?』
「そのペテン師に、神剣グランディアを盗まれたんじゃないのか?」
『…………』
沈黙。
祭壇の光が、微妙に弱くなった気がした。
リオンは腕を組んだまま、じっと祭壇を見つめている。
「おい。何か言えよ」
『……その話は今、必要か?』
「必要だろ。邪神を調べているんだ。神剣を盗まれた経緯も重要な情報じゃないか」
『…………』
「まさか、本当に盗まれたのか?」
『……話を戻そう』
「図星かよ」
リオンは呆れたように息を吐いた。
神様というのも、案外面倒な存在らしい。
少なくとも、ヘリオスは都合の悪い質問に答える気がないようだった。
もっとも、神剣を盗まれたのなら、その経緯を聞いておく価値はある。
リオンはそのことを覚えておくことにした。
「まあ、いい。もう一つ頼みがある」
『まだあるのか……』
「神剣グランディアと会話させてくれ」
『…………は?』
今度は、はっきりと困惑した声が返ってきた。
「だから、神剣グランディアと話がしたいんだ」
『待て。グランディアと会話だと?』
「ああ」
『……なぜだ?』
「マサラ王国で保護した少女が、神剣と会話していたらしい。記憶は曖昧だが、剣が少女に謝ったり、神様が助けてくれると言ったりしていたそうだ」
『…………』
再び沈黙。
今度は、先ほどよりも長かった。
リオンは嫌な予感を覚え始めた。
「……おい。まさかとは思うが」
『待て、リオン。グランディアが話したというのか?』
「そう聞いている」
『剣が? 自分から?』
「そうだが」
『…………』
ヘリオスは、しばらく何も言わなかった。
リオンは祭壇を見つめたまま、こめかみを押さえた。
「……お前、本当に神剣のことを知らないのか?」
『いや、待て。私の知るグランディアは、意思を持つ神剣ではあるが……人間と直接会話するとは聞いていない』
「おいおい」
リオンは唖然とした。
神剣グランディアを管理していた神様が、その剣の能力を把握していない。
そんなことがあるのか。
「お前が神剣の持ち主なんだろう?」
『管理しているのと、すべてを把握しているのは別だ』
「ずいぶん便利な言い訳だな」
『言い訳ではない!』
祭壇の光が、少し強くなった。
どうやら、ヘリオスも本気で驚いているらしい。
リオンは額に手を当てた。
邪神ヴァルガディアについて聞きに来たはずなのに、なぜ神様の方が新事実に驚いているのか。
「……頼むから、俺の調査をこれ以上ややこしくしないでくれ」
『それはこちらの台詞だ! 神剣が勝手に喋るなど、私も初めて聞いたぞ!』
「いや、俺に怒るなよ」
リオンは深いため息をついた。
どうやら、神剣グランディアとの会話は、ヘリオスにとっても未知の出来事らしい。
しかし、だからこそ直接話を聞く必要がある。
「とにかく、グランディアと話をさせてくれ。少女の記憶を確かめたいんだ」
『……分かった。少し待て』
祭壇の光が強くなり、部屋全体を包み込んだ。
リオンは目を細めながら、その光を見つめた。
神剣グランディア。
邪神ヴァルガディア。
そして、神様すら把握していない聖剣の秘密。
調べるべきことが、また一つ増えてしまった。
「……本当に、どうなってるんだ」
リオンの呟きに答える者はいなかった。




