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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第405話 少女の記憶  


 少女が邪神ヴァルガディアの名前を知っていた。


 その事実は、リオンにとって大きな進展だった。


 しかし、少女が覚えていることは少なく、話を聞き出すのにも時間がかかっていた。


「無理しなくていいからね。思い出したことだけでいいよ」


 ゼオンがそう伝えると、少女は小さく頷き、再び紙に鉛筆を走らせた。


『けん』


「剣?」


 ゼオンが聞き返す。


 少女は頷いた。


『けんと、いっしょ』


「剣と一緒にいたの?」


 少女は少し考え、また文字を書いた。


『おはなしした』


 その言葉に、リオンは眉を寄せた。


 剣と話をした?


 普通なら、何を言っているのか分からない話だ。しかし、彼女が持っていたのは、ただの剣ではない。


 神剣グランディア。


 フィーナによれば、神々に関わる特別な剣だという。


「その剣は、君に何か話しかけてきたのか?」


 リオンが尋ねると、少女は頷いた。


 そして、少しずつ記憶をたどるように、紙へ文字を書き始めた。


『ごめんね』


「……ごめんね?」


 ゼオンが首を傾げた。


「それは、剣が言ったことなの?」


 少女は頷く。


 さらに、次の紙に文字を書いた。


『だいじょうぶ』


『かみさまが、たすけてくれる』


 リオンとゼオンは顔を見合わせた。


「神様が助けてくれる、か……」


 リオンは小さく呟いた。


 剣が少女に謝り、神様が助けてくれると話していた。


 しかし、何を謝っていたのか。何から助けようとしていたのか。肝心な部分が分からない。


「その剣は、どんな声だった?」


 ゼオンが尋ねた。


 少女は少し考えたあと、紙に書いた。


『ふつう』


「普通?」


『おんなのひとみたい』


 リオンは腕を組んだ。


 神剣が意思を持ち、持ち主と会話する。


 そこまでは、神々が関わる剣ならあり得る話なのかもしれない。


 だが、実際に聞いてみなければ分からないことばかりだ。


「他には、何か覚えていることはあるか?」


 リオンが尋ねると、少女はゆっくりと頷いた。


 今度は、少し長い文章を書き始めた。


『やさしいおんなのひと』


『けんをくれた』


『しおもくれた』


『あまいものも』


 ゼオンは書かれた文字を順番に読んだ。


「優しい女の人が、剣と塩と甘いものをくれたんだね?」


 少女は頷いた。


「その女の人は、シスターかな?」


 少女は首を傾げた。


 覚えていないのか、それとも判断できないのか。


 少し迷ったあと、彼女は紙に書いた。


『やさしかった』


 それだけだった。


 リオンとゼオンは再び顔を見合わせた。


 リオンは心の中で考えた。


 少女に剣を渡し、塩と甘いものまで与えた優しい女。


 今までの話を聞く限り、シスターの可能性は高い。


 ただし、断定はできなかった。


 事件の中心にいたシスターが、少女に優しく接していた時期もあったのだろうか。


 それとも、少女がそう思うように仕向けられていたのか。


 どちらにしても、彼女の記憶だけでは判断できない。


「その甘いものって、どんなものだったか覚えてる?」


 ゼオンが尋ねた。


 少女はしばらく考えたあと、首を横に振った。


「そっか。分かったよ」


 ゼオンは無理に思い出させようとはしなかった。


 リオンも、それ以上の質問を控えた。


 少女の記憶は断片的だった。


 暗い場所。優しい女。剣。塩。甘い何か。そして、神様が助けてくれるという言葉。


 それらが、どのようにつながっているのか。


 今の段階では、まだ分からない。


 少女は、再び紙に文字を書き始めた。


『ごめんね』


『だいじょうぶ』


『かみさまがたすけてくれる』


 先ほどと同じ言葉だった。


 どうやら、剣との会話を思い出そうとしているらしい。


 リオンはその様子を眺めながら、ふと妙なことに気づいた。


「……待てよ」


「どうしたの、父さん?」


「いや、その剣の話なんだが」


 リオンは少女が書いた文字を見た。


「聖剣のくせに、やたら軽い口調だな」


「え?」


 ゼオンが目を丸くした。


「ごめんね、だいじょうぶ、神様が助けてくれる、だろ? もっとこう……神々しい話し方をするものじゃないのか?」


「父さん、それは父さんの勝手なイメージじゃない?」


「そうかもしれないが……」


 リオンは首を傾げた。


 神剣グランディア。


 神々に関わる特別な剣だと聞いている。


 それなのに、少女の記憶に残っている言葉は、どこにでもいる優しい人間のようなものばかりだった。


 もちろん、剣の性格などリオンには分からない。


 そもそも、剣が本当にその言葉を話したのかさえ、本人に確かめなければならないのだ。


「実際に会話できれば、話が早いんだけどな」


「今は神剣グランディアを神様に返してあるからね」


 ゼオンが答えた。


「そうだったな……」


 リオンは頭を掻いた。


 返したものを、調査のためにもう一度貸してくれと言うわけにもいかない。


 神様に頼めば、あるいは何とかなるかもしれないが、今はまだそこまで必要な段階ではないだろう。


 そう考えていると、少女が鉛筆を置いた。


 そして、ゼオンの袖を軽く引っ張った。


「ん? どうしたの?」


 少女は新しい紙を引き寄せ、ゆっくりと文字を書いた。


『つかれた』


 ゼオンはすぐに表情を和らげた。


「そっか。いっぱい思い出そうとしてくれたもんね」


 少女は小さく頷いた。


 紙には、何度も書き直した跡が残っていた。


 短い言葉を書くだけでも、彼女にとっては大変な作業だったのだろう。


 ゼオンは少女の顔を見てから、父親へ視線を向けた。


 リオンはその視線の意味を理解し、静かに頷いた。


「今日はここまでにしよう。無理をさせる必要はない」


「うん」


 ゼオンは少女に向き直った。


「今日はもう休もうね。また今度、ゆっくりお話ししよう」


 少女は少し安心したように頷いた。


 ゼオンがそっと少女の手を握る。


 すると、彼の周囲に柔らかな光が広がった。


 少女のまぶたがゆっくりと下がっていく。


 やがて彼女は椅子の背にもたれ、静かな寝息を立て始めた。


 ゼオンは少女を起こさないよう、そっと手を離した。


「眠ったか」


「うん。今日は頑張ってくれたからね」


 リオンはテーブルの上に残された紙を見下ろした。


 そこには、少女が思い出した言葉が並んでいる。


 ごめんね。


 神様が助けてくれる。


 そして、剣と塩と甘い何かをくれた優しい女。


 断片的な記憶ばかりだが、何も分からなかった頃に比べれば大きな進歩だった。


「ゼオン、よくやってくれた」


「えへへ。でも、まだ分からないことばかりだよ」


「それでいい。焦っても仕方ないからな」


 リオンは紙を丁寧にまとめた。


 少女の記憶を無理に引き出すつもりはない。


 彼女が安心して話せるようになるまで、待つ必要がある。


 それに、今回の話には気になる点がいくつもあった。


 なぜシスターらしき女は、少女に剣を渡したのか。


 なぜ塩と甘いものを与えたのか。


 そして、神剣グランディアは、少女に何を謝っていたのか。


「……やっぱり、神剣本人に聞いてみたいな」


 リオンは小さく呟いた。


 聖剣のくせに、妙に軽い口調。


 その妙な違和感が、なぜか頭から離れなかった。




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