第404話 元神剣憑き少女
精霊祭りが終わって数日後。
リオンが執務室で書類を片付けていると、ゼオンが勢いよく入ってきた。
「父さん、報告があるんだ!」
「どうした、そんなに慌てて」
「例の女の子のこと!」
リオンは手にしていた書類を机に置いた。
例の女の子とは、レオルディア王国のアルベール領で発見された少女のことだ。
彼女は声を出すことができず、これまで意思の疎通も難しかった。神剣グランディアの元の持ち主?(身体の中に保有)であり、謎のシスターと行動を共にしていた少女でもある。
ただし、彼女自身が事件に加担していたのか、それとも何らかの事情で連れ回されていたのかは、まだ分かっていなかった。
「何か分かったのか?」
「うん! 紙に文字を書いてもらったら、少しずつ話ができるようになったんだ!」
「紙に書いて……か」
リオンは考え込んだ。
今までも筆談を試していなかったわけではない。しかし、少女は人と向き合うことに強い警戒心を見せ、なかなか協力してくれなかった。
「急にどうして?」
「僕が何度か会いに行ったんだ。無理に話を聞こうとしないで、一緒に絵を描いたり、簡単な質問を書いたりしていたら、返事を書いてくれるようになったんだよ」
「なるほどな。お前らしいやり方だ」
リオンは小さく笑った。
相手を追い詰めるのではなく、まず安心してもらう。
ゼオンは、そういうところがある。
「それで、どこまで聞けた?」
「まだ少しだけ。でも、シスターのことなら聞けるかもしれない」
「……そうか」
リオンの表情が引き締まった。
シスターは、マサラ王国の住民が消えた事件に深く関わっていた。邪神ヴァルガディアの名も、彼女の行動を調べる中で浮かび上がってきたものだ。
しかし、本人は黒い煙に包まれて消え、正体も目的も分からないままだった。
少女が何かを知っているなら、貴重な手掛かりになる。
「よし。俺も一緒に行こう」
「うん!」
リオンは立ち上がり、ゼオンと一緒に部屋を出た。
少女が保護されている部屋は、城の奥にある静かな一室だった。
外には護衛が立っているが、部屋の中は必要以上に厳重な雰囲気にならないよう配慮されている。
扉を開けると、少女は窓際の椅子に座っていた。
テーブルの上には紙と鉛筆が置かれている。
少女は二人に気づくと、少しだけ身を固くした。
「こんにちは」
ゼオンが先に声をかける。
少女は小さく頭を下げた。
「今日は父さんも一緒なんだ。嫌だったら、無理に話さなくてもいいからね」
ゼオンがそう伝えると、少女はリオンを見た。
リオンは椅子に座る前に、軽く頭を下げた。
「俺はリオン。ガルリオン共和国の王だ。君のことを知りたいとは思っているが、無理やり聞き出すつもりはない。答えたくないことは、答えなくていい」
少女はしばらくリオンを見つめていた。
やがて、テーブルの紙を一枚引き寄せ、ゆっくりと文字を書いた。
【おうさま】
「ああ、そうだ」
リオンが答えると、少女は少し迷ってから、さらに書き足した。
【こわいこと、しない?】
その文字を見て、リオンはわずかに眉を寄せた。
この少女は、これまでどんな扱いを受けてきたのだろう。
少なくとも、王が目の前にいるだけで、こんな質問をしなければならないほどには。
「しない。君を罰するために来たわけじゃないからな」
少女は紙を見つめ、何度か文字を指でなぞった。
それから、小さく頷いた。
「ありがとう。じゃあ、少しだけ話を聞かせてもらってもいいかな?」
ゼオンが尋ねる。
少女は鉛筆を持ち直した。
【なにをききたいの?】
リオンはゼオンに目を向けた。
まずは、少女が答えやすい形で質問する必要がある。
いきなり事件の全容を聞こうとしても、彼女を混乱させるだけだろう。
リオンはゼオンに小さく頷いた。
「ゼオン。お前から聞いてみてくれ」
「分かった」
ゼオンは少女の正面に座った。
「ねえ。シスターのことを覚えてる?」
少女の手が止まった。
鉛筆の先が紙に触れたまま、動かなくなる。
しばらくして、少女はゆっくりと文字を書いた。
【おんなのひと】
「うん。その人のこと。どこで会ったの?」
少女は答えを書こうとしたが、途中で手を止めた。
視線が落ち着かず、何かを思い出そうとしているようだった。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
ゼオンが声をかける。
少女は深呼吸するように胸を上下させてから、再び鉛筆を動かした。
【くらいところ】
「暗いところ?」
少女は頷いた。
そして、続けて書く。
【ひとりだった】
リオンは黙って、その文字を見つめた。
少女がシスターと出会った場所は、まだ分からない。
だが、彼女が最初からシスターと一緒にいたわけではない可能性が出てきた。
「その人は、君に何かをしたの?」
ゼオンが尋ねる。
少女はすぐには答えなかった。
鉛筆を握る手に力が入り、紙の上に小さな跡が残る。
やがて、彼女は文字を書いた。
【ついてこいって】
「それで、ついて行ったの?」
少女は小さく頷いた。
さらに、もう一枚の紙を引き寄せる。
【いやっていえなかった】
リオンの目が細くなった。
少女が自分の意思でシスターに協力していたとは限らない。
むしろ、何らかの事情で逆らえなかった可能性がある。
ただ、それだけで全てを判断することはできない。少女が何を経験し、どんな状況に置かれていたのか、慎重に確かめる必要があった。
「ゼオン、もう少し聞いてみてくれ。今度は、邪神ヴァルガディアについてだ」
「うん」
ゼオンは少女に向き直った。
「ねえ。ヴァルガディアって名前を聞いたことはある?」
その瞬間、少女の表情が変わった。
目を大きく見開き、鉛筆を持った手が震える。
少女は何かを書こうとした。
しかし、何度も鉛筆を紙に当てては、ためらうように手を止めた。
「大丈夫だよ。怒ったりしないから」
ゼオンが優しく声をかける。
少女はゼオンを見つめたあと、ゆっくりと紙に文字を書いた。
【しってる】
リオンの表情が変わった。
「……知っているのか」
思わず口にした言葉に、少女の肩がびくりと震えた。
リオンはすぐに声を落とす。
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
少女はしばらく迷っていたが、今度は自分から新しい紙を引き寄せた。
そして、震える文字で書いた。
【女の人がいってた】
「女の人が、ヴァルガディアの名前を口にしていたんだね?」
ゼオンが確認する。
少女は頷いた。
「どんなことを言っていたか、覚えている?」
少女は紙を見つめたまま、長い間動かなかった。
リオンもゼオンも、急かさずに待った。
やがて少女は、ゆっくりと鉛筆を動かした。
【かみさま】
それだけだった。
リオンはその文字を見て、険しい顔になった。
シスターは邪神ヴァルガディアを神として崇めていたのか。
それとも、少女にそう信じ込ませていたのか。
まだ分からない。
しかし、三ヶ月にわたって調査を続けても得られなかった情報が、ようやく一つ見つかった。
「ゼオン、ありがとう」
「ううん。まだ聞けることがあると思う」
ゼオンは少女の様子を見ながら、次の質問を考えていた。
リオンは少女に視線を戻した。
「君が覚えていることを、少しずつ教えてほしい。俺たちは、その女の人が何をしようとしていたのかを知りたいんだ」
少女はしばらくリオンを見つめていた。
そして、紙に短く書いた。
【わたしも、しりたい】
その言葉を見て、リオンは静かに頷いた。
「ああ。一緒に調べよう」
少女は初めて、ほんの少しだけ表情を和らげた。
邪神ヴァルガディア。
その名前を知る少女から、ようやく話を聞くことができた。
だが、女が何者で、なぜ少女を連れていたのか。
そして、彼女が言う「神様」が、本当にヴァルガディアを指していたのか。
新たな疑問が、リオンたちの前に浮かび上がっていた。




