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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第401話 アルベール家は俺の悪夢


 アルベール領を訪れてから、二ヶ月余り。


 重税の取り止め、拉致被害者の捜索、賠償金の支払い、そしてイザベラとその関係者の犯罪調査。


 まだ解決していない問題は残っているものの、領地は少しずつ安定を取り戻していた。


 そして今日、リオンたちはアルベール領を去る。


「父上、出発の準備はできたって」


「ああ。分かった。少しだけ寄る場所がある」


 リオンはそう答え、ゼオンを連れて領主館を出た。


 向かった先は、領都から少し離れた郊外の墓地だった。


 朝の空気は冷たく、墓地には人影もほとんどない。


 リオンは慣れた足取りで墓地の奥へ進んでいく。


「父上、誰のお墓?」


 ゼオンが尋ねた。


 リオンは歩みを止めずに答えた。


「友達さ」


「友達?」


「ああ」


 それ以上、リオンは説明しなかった。


 ゼオンも無理に聞こうとはせず、父の後ろを歩いた。


 やがてリオンは、一つの墓の前で立ち止まった。


 墓石には、かつて親しかった者の名前が刻まれている。


 リオンは持ってきた花を供え、墓石の前にしゃがみ込んだ。


「久しぶりだな」


 小さく呟く。


「いろいろあったよ。相変わらず、面倒なことばかりだ」


 返事はない。


 当たり前だ。


 それでもリオンは、しばらく墓石を見つめていた。


 ゼオンは父の隣で静かに手を合わせた。


 誰の墓なのか、父が何を思っているのか。


 今はまだ分からない。


 ただ、父がここに来たかった理由だけは、なんとなく理解できる気がした。


 しばらくして、リオンは立ち上がった。


「よし、行こうか」


「うん」


 二人は墓地を後にした。


 領主館に戻ると、グスタフが玄関で待っていた。


 以前に比べれば顔色もよくなり、歩く姿にも力が戻っている。


 それでも、長い拘束生活の影響は完全には消えていない。


「もう出発するのか?」


「ああ。今日、アルベール領を離れる」


 リオンは簡潔に答えた。


 グスタフは少しだけ目を伏せた。


「そうか……」


 短い沈黙が流れる。


 ゼオンは二人の様子を見て、少し離れた場所で待つことにした。


 最後くらいは、父と祖父の話を邪魔しない方がいい。


 グスタフは玄関の柱に手を置き、ぽつりと呟いた。


「私は領主に向いていないな」


 リオンはすぐに返した。


「今さらか」


「……お前な」


 グスタフは苦笑いした。


 以前なら、息子からこんな言葉を投げつけられれば怒っていたかもしれない。


 だが、今は怒る気にもなれなかった。


「否定できないのが情けないところだ」


「自覚があるなら、これからは間違えるな。領民は領主の都合で生きているわけじゃない」


「ああ。分かっている」


 グスタフはゆっくりとうなずいた。


「今回の件で、嫌というほど思い知らされた。私は領主の座にいながら、領地のことを何も分かっていなかった」


「なら、これから知っていけばいい」


「簡単に言ってくれるな」


「簡単じゃないから、やるんだろ」


 グスタフは再び苦笑した。


 かつての親子なら、こんな会話にはならなかっただろう。


 リオンが何を考えているのか、グスタフは理解しようとしなかった。


 そしてリオンもまた、父に理解してもらうことを諦めていた。


 今さら、その関係が大きく変わるわけではない。


 それでも、二人は最後の会話を続けていた。


「リオン」


「何だ?」


「……戻って来ないか?」


 グスタフの声は、思っていたよりも弱かった。


「アルベール領は、お前の故郷だ。私が領主として立て直すとしても、まだ分からないことばかりだ。お前がいてくれれば……」


「断る」


 リオンは即答した。


 グスタフは口を閉じた。


 分かっていたのかもしれない。


 それでも、聞かずにはいられなかったのだろう。


 リオンは玄関の外へ視線を向けた。


「アルベール家は俺の悪夢だ」


 静かな声だった。


「ここに戻ってきたのは、領地がどうなっているかを確認して、必要なことを片づけるためだ。俺はもう、ここで暮らすつもりはない」


「……そうか」


「俺には俺の国がある。守るべき家族も、仲間もいる」


 リオンはグスタフを見た。


「お前はお前の領地を守れ。それでいい」


 グスタフはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりとうなずいた。


「分かった。無理を言ったな」


「本当にそう思うなら、二度と言うなよ」


「まったく……最後まで厳しい息子だ」


「今さらだろ」


 グスタフは小さく笑った。


 リオンも、ほんのわずかに口元を緩めた。


 それは親子が心から和解したという笑顔ではなかった。


 長い年月の間にできた溝は、そう簡単には埋まらない。


 だが、今の二人には、それぞれが進むべき道があった。


「身体には気をつけろよ」


 グスタフが言った。


「ああ。お前もな」


 リオンはそれだけ答え、ゼオンを呼んだ。


「行くぞ」


「うん!」


 ゼオンが駆け寄ってくる。


 リオンは振り返らなかった。


 グスタフは玄関に立ったまま、二人の背中を見送っていた。


 領都を離れ、郊外の街道をしばらく進む。


 リオンたちの姿が建物の陰に隠れると、待機していたガルヴァンが近づいてきた。


「話は終わったか?」


「ああ」


「親父とは、ちゃんと話せたみたいだな」


「ちゃんと、か……」


 リオンは少し考えた。


「まあ、必要なことは話した」


「そうかよ」


 ガルヴァンはそれ以上追及しなかった。


 ゼオンも父の隣を歩きながら、領都を振り返った。


「おじいちゃん、これから大丈夫かな?」


「大丈夫にするのが、あいつの仕事だ」


「父上は手伝わないの?」


「必要なことはやった。ここから先は、あいつ自身がやらなきゃ意味がない」


 リオンは歩き続けた。


 グスタフには、領主として責任を取ってもらう。


 領民の生活を立て直し、不正に関わった者たちを裁き、失われた信頼を少しずつ取り戻す。


 それは、リオンが代わりにやってやれることではなかった。


 しばらく進むと、街道から外れた林の中に入った。


 周囲には人影がない。


 木々の間を進んだ先に、布で覆い隠された機体があった。


 リオンが周囲を確認する。


「よし。誰もいないな」


 隊員たちが覆いを外した。


 そこに隠されていたのは、日本側から持ち込まれたヘリコプターだった。


 地上からは見えにくい場所を選び、木々の陰に隠しておいたものだ。


 搭乗員が機体の点検を行い、問題がないことを報告する。


「出発準備、完了しました」


「よし。全員、乗り込め」


 リオンたちは順番に機内へ乗り込んだ。


 ゼオンは窓の外を眺めながら、少し寂しそうに呟いた。


「もう、しばらく来ないんだね」


「そうだな」


「おじいちゃん、元気でいてくれるかな」


「自分の心配をするべきだな。あいつは簡単にはくたばらん」


「父上、それは心配してるの?」


「事実を言っただけだ」


 ゼオンは小さく笑った。


 やがてローターが回転を始め、機体がゆっくりと浮かび上がった。


 木々が遠ざかり、アルベール領の街並みが眼下に広がる。


 リオンは窓の外を見た。


 この土地には、苦い記憶が多すぎる。


 捨てられた記憶。


 家族との確執。


 エドワードとの因縁。


 そして、イザベラが残した事件。


 すべてを忘れることはできない。


 だが、ここに留まり続ける必要もなかった。


「……帰るか」


 リオンは小さく呟いた。


 ヘリコプターは高度を上げ、アルベール領を離れていく。


 リオンが帰る場所は、もうここではない。


 彼が守るべき国、ガルリオン共和国。


 そして、待っている家族と仲間たちのもとへ。


 ヘリコプターは青空の中へ消えていった。




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