閑話 暗部部隊誕生秘話
ガルリオン共和国が設立されて、まだ間もない頃。
新しい国には、軍隊も行政機関も必要だった。だが、リオンはそれだけでは足りないと考えていた。
他国の陰謀を探り、国に害をなす者を見つけ、表立って動けない問題を解決する者たち。
いわゆる、諜報と特殊作戦を担う部隊だ。
リオンは執務室にガルヴァンを呼び出した。
「ガルヴァン、暗部部隊を作る」
「暗部部隊?」
「そうだ。情報収集、潜入、偵察、要人警護。それから、表の組織では手に負えない厄介事への対処だ」
ガルヴァンは腕を組んだ。
「なるほどな。つまり、俺たちが普段やってる面倒な仕事を専門にやらせるわけか」
「簡単に言えばそうだ」
「で、誰を集める?」
「腕が立つだけじゃ駄目だ。頭が回ること。仲間を見捨てないこと。そして、命令の意味を理解できること。この三つを重視したい」
「ずいぶん欲張りな条件だな」
「国を守る部隊だからな」
リオンは机の上に置いてあった書類を差し出した。
「候補者の選抜は任せる。ただし、最後の訓練だけは俺が担当する」
「……お前が?」
ガルヴァンの顔が引きつった。
「何だ、その顔は」
「いや。お前が直接教えるってことは、普通の訓練じゃ済まない気がしてな」
「気のせいだ」
「その言い方をする時のお前は、だいたい碌なことを考えてねえ」
ガルヴァンの予感は、残念ながら的中することになる。
候補者は三十名。
元兵士、冒険者、狩人、護衛、そして戦争で家族を失いながらも、国を守る仕事に就きたいと願い出た者たちだった。
彼らは国境近くの訓練施設に集められた。
初日の朝。
候補者たちの前に立ったのは、黒い訓練服を着たリオンだった。
「俺がこの半年、お前たちを鍛える」
候補者たちは顔を見合わせた。
共和国の王が、直接訓練を担当する。
それだけでも異例だった。
「最初に言っておく。ここでの訓練は、強さを競うためのものじゃない。お前たちに求めるのは、生きて帰ること。そして、仲間を生きて帰すことだ」
リオンは候補者たちを見渡した。
「どれほど強くても、仲間を見捨てる奴は失格だ。どれほど勇敢でも、無謀なだけの奴も失格だ。命令を聞くだけで考えない奴も、考えずに突っ込む奴も必要ない」
「では、何をすればいいのでしょうか?」
一人の候補者が尋ねた。
「考えろ。状況を見ろ。仲間を見ろ。そして、生き残る方法を探せ」
リオンは笑顔で言った。
「安心しろ。俺は魔法が使えない。魔力もゼロだ。お前たちが魔法で俺を倒すことだってできる」
候補者たちの顔に、少しだけ余裕が戻った。
その時だった。
「ただし、日本の自衛隊から訓練用の装備を借りてきた」
リオンが指を鳴らすと、後方の倉庫から大量の装備が運び込まれた。
銃。
弾倉。
防弾装備。
無線機。
そして、見たこともない訓練用の標的。
候補者たちは目を丸くした。
「それは何ですか?」
「銃だ」
「じゅう?」
「遠くの敵を撃つ武器だ。剣よりも遠くから攻撃できる。ただし、扱いを間違えれば味方を傷つける。だから、まずは安全管理から徹底的に叩き込む」
リオンは真顔になった。
「安全規則を守れない奴には、絶対に触らせない。これは訓練だからといって例外はない」
候補者たちは、ようやく自分たちが何を学ぶのか理解し始めた。
だが、まだ誰も知らなかった。
この日から半年間、自分たちが何度も心を折られ、それでも立ち上がることになるとは。
*
地獄は、翌朝から始まった。
「起床!」
夜明け前。
候補者たちは叩き起こされ、訓練服に着替えると、まだ薄暗い広場に整列させられた。
そこにはリオンがいた。
「おはよう」
穏やかな声だった。
候補者たちは嫌な予感を覚えた。
「今日は基礎体力の確認だ。走るぞ」
「どれくらいですか?」
「走り終わったら教える」
「……はい?」
「質問は走りながら受け付ける。出発!」
走り終わった頃には、候補者たちは全員、地面に座り込んでいた。
リオンだけが、平然と水を飲んでいた。
「まだ初日だぞ。これで疲れていたら、明日からどうする?」
「明日もあるんですか……?」
「半年間ある」
その言葉に、誰かが小さく呻いた。
その日から、彼らの生活は一変した。
走る。歩く。地図を読む。方角を知る。仲間と連携する。負傷者を運ぶ。夜間に移動する。限られた情報から状況を判断する。
失敗すれば、原因を全員で考える。
一人の失敗を、全員の責任として扱う。
誰かを責める時間があるなら、次に同じ失敗をしない方法を考えろ。
それがリオンの教えだった。
「何で俺までやるんですか!」
ある日、候補者の一人が悲鳴を上げた。
仲間を背負って走る訓練で、リオンまで一緒に走っていたからだ。
「指揮官ができないことを部下にやらせるわけにはいかないだろ」
「いや、王様ですよね!?」
「そうだが?」
「そうだが、じゃないでしょう!」
周囲から笑い声が上がった。
厳しい訓練の中で、彼らは少しずつ笑うことを覚えていった。
最初は他人だった三十人が、いつしか仲間になっていた。
そして、銃の訓練が始まった。
最初に教えられたのは、射撃ではなかった。
安全確認。
銃の管理。
訓練場での規則。
命令に従うこと。
そして、銃を持つ責任だった。
「銃は便利な道具だ。だが、持っただけで強くなったと勘違いするな」
リオンは候補者たちに告げた。
「道具に頼り切った奴は、道具を失った時に何もできなくなる。銃を使う技術だけじゃない。周囲を観察する力、判断力、仲間との連携。全部が必要だ」
候補者たちは真剣に耳を傾けた。
日本から来た教官たちも、訓練に協力してくれた。
彼らは候補者たちの適性を見極め、それぞれの課題を指摘した。
射撃が得意な者。
観察力に優れた者。
地図を読むのが上手い者。
人をまとめるのが得意な者。
全員が同じ能力を持つ必要はない。
違う能力を持つ者同士が補い合うことこそ、部隊の強さなのだと教えられた。
もちろん、訓練は甘くなかった。
的を外せば、原因を考える。
焦れば、いったん落ち着いて状況を確認する。
安全規則に違反すれば、即座に訓練を中断する。
リオンは決して妥協しなかった。
「もう一度お願いします!」
候補者の一人が声を上げた。
「何度でもやればいい。ただし、同じ失敗を繰り返すなら、やり方を変えろ。努力することと、何も考えずに繰り返すことは違う」
その言葉は、候補者たちの胸に深く刻まれた。
ひと月が過ぎた。
二か月が過ぎた。
三か月が過ぎた。
脱落者は出なかった。
途中で何度も辞めたいと思った者はいた。故郷の家族に会いたくなった者もいた。自分には向いていないと悩んだ者もいた。
それでも、彼らは残った。
仲間が残っていたからだ。
自分が弱音を吐けば、隣の仲間が肩を叩いてくれる。
仲間が失敗すれば、皆で原因を考える。
誰かが落ち込めば、食事の時に冗談を言って笑わせる。
訓練が終わる頃には、三十人は家族のような関係になっていた。
ある夜、食堂で一人の候補者が呟いた。
「俺、最初は王様に無理やり鍛えられてると思ってた」
「今もそうだろ」
「違いない!」
皆が笑った。
その笑い声を聞きながら、リオンは食堂の入口に立っていた。
彼らは強くなった。
だが、リオンが本当に望んでいたのは、強い兵士を作ることだけではない。
仲間を信じ、仲間に信じられ、どんな状況でも生きて帰ることを諦めない人間を育てることだった。
リオンは何も言わず、静かに食堂を後にした。
半年目。
最後の試験の日が来た。
訓練場には、いつもと違う雰囲気が漂っていた。
候補者たちは整列し、リオンの言葉を待っていた。
「今日で訓練は終わりだ」
その一言に、誰かが小さく息を呑んだ。
「最後の試験は、日本の特殊作戦群との模擬訓練だ」
ざわめきが広がった。
特殊作戦群。
日本側から派遣された、特別な訓練を受けた隊員たちだった。
「相手は実戦経験と訓練経験を積んだ専門家だ。お前たちより優れている部分はいくらでもあるだろう」
リオンは言った。
「だが、勝つことだけを考えるな。相手を観察し、仲間と連携し、与えられた任務を果たせ。無理だと判断したら、無理だと報告しろ。勝手な判断で仲間を危険にさらすな」
候補者たちは、一斉に返事をした。
「「「了解!」」」
模擬訓練は、安全管理の徹底された訓練環境で行われた。
特殊作戦群の隊員たちは、彼らを甘く見てはいなかった。
半年間、リオンが鍛えてきた部隊。
その実力を確かめるため、彼らも本気で取り組むつもりだった。
開始の合図が鳴った。
暗部部隊は、訓練で身につけた連携を発揮した。
一人が状況を観察し、別の一人が情報を伝える。仲間の位置を確認し、無理な行動を避ける。想定外の事態が起きても、慌てずに対応する。
特殊作戦群の隊員たちは、経験の差を生かして次々と課題を突きつけてきた。
それでも、暗部部隊は最後まで崩れなかった。
結果は、特殊作戦群の優勢。
経験と練度の差は、まだ大きかった。
だが、暗部部隊は与えられた任務を最後まで遂行し、仲間を一人も置き去りにすることなく試験を終えた。
終了の合図が鳴った。
「訓練終了!」
その瞬間、三十人の緊張が解けた。
誰かが膝に手をついた。
誰かが大きく息を吐いた。
そして、誰かが泣き出した。
悔しかったのだ。
半年間、必死に努力してきた。それでも、まだ届かない相手がいる。
だが、特殊作戦群の隊員が歩み寄り、一人の候補者の肩を叩いた。
「よく頑張ったな」
「……でも、俺たちは負けました」
「そうだな。今日は俺たちの勝ちだ」
隊員は正直に答えた。
「だが、最後まで仲間を見捨てず、任務をやり遂げた。それは胸を張っていい。これからも訓練を続けろ。お前たちは、まだ強くなれる」
候補者は唇を噛んだ。
そして、とうとう涙をこぼした。
それを見た仲間が肩を抱いた。
「泣くなよ」
「お前だって泣いてるだろ!」
「これは汗だ!」
「目から汗が出るか!」
笑い声と泣き声が入り混じった。
半年間、苦楽を共にした三十人。
最初は互いの名前すら知らなかった彼らが、今では誰一人欠けても成立しない仲間になっていた。
夕方。
三十人は訓練場に整列していた。
その前に立ったリオンは、いつになく真剣な顔をしていた。
「半年間、ご苦労だった」
候補者たちの表情が引き締まる。
「今日で訓練は終わる。だが、お前たちの仕事はここから始まる」
リオンは一人ひとりの顔を見た。
「これから、お前たちは暗部部隊として国を守る。時には誰にも褒められない仕事をすることもあるだろう。自分が何のために働いているのか、分からなくなる日もあるかもしれない」
彼らは黙って聞いていた。
「そんな時は思い出せ。お前たちが半年間、何のために苦しい訓練を続けてきたのかを」
リオンは少しだけ笑った。
「強さを見せつけるためじゃない。誰かを踏みつけるためでもない。国で暮らす人々が、明日も安心して飯を食えるようにするためだ」
その言葉に、何人もの候補者が俯いた。
リオンは続けた。
「お前たちは、もう候補者じゃない。今日から正式に、ガルリオン共和国暗部部隊の隊員だ」
静寂が広がった。
次の瞬間。
「「「ありがとうございます!」」」
三十人の声が訓練場に響き渡った。
泣いている者もいた。
笑っている者もいた。
隣の仲間と肩を組み、顔をくしゃくしゃにしている者もいた。
リオンは彼らに敬礼した。
王が、兵士たちに敬礼したのだ。
候補者たちは驚き、慌てて敬礼を返した。
「顔を上げろ。これからは俺の部下だ。困ったことがあれば報告しろ。失敗したら隠すな。仲間が危険なら助けろ。そして、必ず生きて帰ってこい」
「「「はい!」」」
その返事は、半年間で最も力強かった。
*
夜。
訓練施設の食堂では、ささやかな祝宴が開かれていた。
日本側の教官たちも参加し、候補者たちと一緒に食事をしていた。
特殊作戦群の隊員たちも、今日の模擬訓練について笑いながら話している。
その隅で、ガルヴァンがリオンに声をかけた。
「お前、最初からこれを狙ってたのか?」
「何のことだ?」
「半年間、散々しごいておいて、最後に日本の連中と模擬訓練。あいつらに自分たちの現在地を理解させるためだろ」
リオンは食堂の中を見渡した。
「それもある」
「それも?」
「自分たちがどれだけ成長したか、実感してほしかったんだ。最初の頃なら、あの模擬訓練は途中で崩れていたと思う」
ガルヴァンは頷いた。
「確かにな。あいつら、最初は走るだけで死にそうな顔をしてたからな」
「お前も訓練に参加してみるか?」
「断る」
「即答か」
「俺は指揮官だぞ。何で自分から地獄に飛び込まなきゃならねえんだ」
リオンは笑った。
その時、食堂の向こうから声が飛んできた。
「リオン様!」
一人の隊員が、目を赤くしたまま駆け寄ってきた。
「俺たち、必ずこの国を守ります!」
リオンは少し驚き、それから穏やかに頷いた。
「頼んだぞ」
隊員は深く頭を下げ、仲間のもとへ戻っていった。
ガルヴァンは、その背中を眺めながら呟いた。
「……いい部隊になりそうだな」
「ああ」
リオンは答えた。
「だからこそ、無茶をさせすぎないようにしないとな」
「お前が言うな」
「……それはそうだな」
二人は顔を見合わせ、笑った。
その夜、三十人の隊員たちは、仲間と肩を組みながら泣き、笑い、これから始まる任務について語り合った。
彼らはまだ、知らない。
いつか共和国の存亡を左右する情報を持ち帰り、他国の陰謀を暴き、時にはリオンの命を救うことになるとは。
彼らの部隊名は、まだ他国には知られていない。
だが、ガルリオン共和国には確かに生まれた。
王の命令を聞くだけの兵士ではない。
仲間を信じ、仲間のために動き、そして国に暮らす人々を守る者たち。
ガルリオン共和国暗部部隊。
その最初の三十人の物語は、こうして始まった。




