第400話 マサラ王国消失事件の真相
アルベール領主館。
事件の調査を始めてから二ヶ月。ようやく、領主館と教会から集められた証拠が一つにつながり始めていた。
会議室には、リオン、ガルヴァン、フィーナ、ゼルファ、ゼオン、精霊の女王、そしてグスタフが集まっていた。
机の上には、押収された帳簿、取引記録、イザベラの調書、教会で発見された文書が並べられている。
日本側の現地調査員による分析も終わり、金の流れと関係者のつながりが明らかになっていた。
「結論から申し上げます」
フィーナが資料を開いた。
「イザベラと、その取り巻きと見られる複数の人物は、アルベール領に現れたシスターから違法薬物を購入していました」
「違法薬物だと?」
リオンの声が低くなった。
「はい。取引記録と金銭の流れが一致しています。購入に関わった人物も複数確認できました」
フィーナは別の資料を机に置いた。
「イザベラたちは、領民から徴収した金の一部を薬物の購入に使っていたようです。シスターはその見返りに、彼女たちへ何らかの協力をしていました」
「つまり、領民から金を巻き上げて、薬物を買っていたわけか」
ガルヴァンが不快そうに吐き捨てた。
「領主館の帳簿を見た時点で嫌な予感はしていたが、まさかここまで腐ってやがるとはな」
リオンは黙って資料を見つめていた。
「それで、薬物は何に使われていた?」
「そこが問題です」
フィーナは一度言葉を切った。
「違法薬物の購入記録は確認できました。しかし、通常の使用だけでは説明できない量が取引されています。さらに、教会に残されていた文書には、薬物を使った儀式らしき記述がありました」
ゼルファが資料を引き寄せる。
「薬物を儀式の材料にしていた可能性があるということか?」
「はい。詳しい仕組みは、まだ分かりません」
リオンは椅子の背もたれに身体を預けた。
「……イザベラに直接聞くしかないな」
イザベラは、別室で拘束されていた。
フィーナによる調書作成は続いていたが、彼女は肝心な部分になると口を閉ざしていた。
しかし、証拠が揃った今、リオンはもう一度、本人から話を聞くことにした。
聴取室へ入ると、イザベラはリオンを見た瞬間、顔を歪めた。
「またあなたなの……!」
「質問に答えてもらう」
「私に命令しないで!」
イザベラは拘束具を鳴らしながら叫んだ。
「あなたのせいよ! すべて、あなたのせいなの!」
「俺が何をした?」
「エドワードを殺したでしょう!」
その名前が出た途端、イザベラの感情が一気に噴き出した。
「私の息子を返して! あの子はアルベール家を継ぐはずだったのよ! なのに、あなたが殺した! あなたさえいなければ、あの子は今も生きていたのに!」
リオンは表情を変えなかった。
「その話は何度も聞いた。今はシスターについて聞いている」
「うるさい!」
イザベラは声を張り上げた。
「エドワードが死んでから、私の人生はすべて壊れた! 何もかも失ったのよ! それなのに、あなたは王様になって、共和国で好き勝手に暮らしている!」
「だから復讐しようとしたのか?」
「そうよ!」
イザベラは即座に答えた。
「あなたが憎い! あなたの国も、あなたの周りにいる人間も、何もかも憎い! あなたが手に入れたものを全部壊してやりたかった!」
リオンの指が、机の端を強く握った。
エドワードの死に対する恨み。
それ自体は、イザベラにとって本物なのだろう。
だが、その悲しみを理由に、関係のない人々を巻き込んだ。
領民から財産を奪い、少女をさらい、邪神の名を冠する儀式に手を貸した。
許されることではなかった。
「それで、シスターに何を頼んだ?」
リオンが尋ねると、イザベラは笑った。
怒りと悲しみが混じった、ひどく歪んだ笑いだった。
「シスターは、私の話を聞いてくれたわ」
「何を話した?」
「エドワードを失ったこと。あなたが憎いこと。ガルリオン共和国を滅茶苦茶にしてやりたいこと……全部よ」
イザベラは顔を上げた。
「あの女は言ったの。願いを叶えてあげるって」
「エドワードを生き返らせる、と?」
「そうよ!」
彼女の目が見開かれた。
「エドワードを復活させて、あなたの国に復讐する。そのためなら、何でもすると決めたの!」
リオンはしばらく黙っていた。
死者の復活。
そして、自分の国への復讐。
シスターはイザベラの悲しみと憎悪につけ込み、利用したのだろう。
「……それで、マサラ王国か」
リオンが呟くと、イザベラの顔がわずかに強張った。
「シスターに連れられて、マサラ王国へ行ったな?」
「……」
「答えろ」
「行ったわよ」
イザベラは投げやりに答えた。
「シスターが連れていた、無口な少女も一緒だったわ」
リオンの目が細くなる。
あの少女。
馬車の中で眠っていた、名前も分からない少女だ。
「少女は何のために連れていかれた?」
「知らないわ。シスターが必要だと言ったからよ」
「本当に知らないのか?」
「私は魔法の研究者じゃない! 儀式の仕組みなんて、分かるわけないでしょう!」
イザベラは再び叫んだ。
「私は、エドワードが帰ってくると信じていただけよ!」
リオンは目を閉じ、短く息を吐いた。
これ以上、感情的な言葉をぶつけ合っても意味はない。
「フィーナ、続けてくれ」
「はい」
フィーナが静かにうなずいた。
その後の調査で、マサラ王国で何が起きたのか、事件の全体像が見えてきた。
シスターは、イザベラの協力を得てマサラ王国へ向かった。
そして、王国の地下に巨大な礼拝堂を建造した。
建設には複数の協力者が関わっていたらしく、物資の輸送記録や不自然な金銭の流れも残されていた。
地下礼拝堂の中心には、巨大な魔法陣が設置されていた。
目的は、マサラ王国の住民たちの魂を利用し、地中を流れる龍脈に干渉することだった。
「龍脈とは、大地の中を流れる魔力の流れです」
精霊の女王が説明した。
「本来、人間が簡単に操作できるものではありません。無理に干渉すれば、大地そのものに影響を与える危険があります」
「その龍脈を、住民の魂で動かしたのか?」
リオンが尋ねる。
「正確には、魂を術式の動力として利用したのでしょう。あまりにも大規模な術です。通常の魔法使いでは実行できません」
ゼルファが補足した。
「魔法陣に残されていた痕跡から見ても、単純な召喚術ではない。龍脈の流れを変え、特定の存在を誘導するための術式だった可能性が高い」
「特定の存在……土ドラゴンか」
リオンが呟いた。
精霊の女王はうなずいた。
「はい。シスターは魅惑魔法を使い、土ドラゴンを龍脈へと誘導することに成功したようです」
「ドラゴンを魔法で操ったのか?」
ガルヴァンが眉をひそめた。
「完全に支配したのか、それとも移動先を誘導しただけなのかは分かりません。ただ、土ドラゴンが龍脈へ移動したことで、儀式は次の段階へ進んだのでしょう」
ゼルファが資料を指で叩いた。
「問題は、その後だ」
彼が示したのは、薬物の製造に関する記録だった。
マサラ王国の住民たちは、儀式によって魂を抜かれ、身体だけが残された。
シスターたちは、その身体を変換魔法によって違法薬物へ変えようとしたらしい。
しかし、魔法の制御に失敗した。
結果として、数百体分の身体が薬物ではなく塩へと変換されてしまった。
リオンは資料から目を離さなかった。
「……つまり、あの地下に積まれていた塩は」
「変換魔法の失敗によるものだと考えられます」
ゼルファが答えた。
会議室が静まり返った。
マサラ王国の住民が消えたのではない。
彼らは地下で魂を奪われ、身体まで別の物質へ変えられていた。
その一部が、塩になった。
リオンの胸の奥で、何かが煮え立った。
怒りだった。
人間を材料のように扱ったことへの怒り。
死者の復活という甘い言葉でイザベラを利用し、無関係な人々を犠牲にしたことへの怒り。
そして、そんなことを平然と実行したシスターへの憎悪だった。
「……ふざけるな」
リオンの声が低く響いた。
「人間を何だと思っている。魂を抜いて、身体を薬物に変える? それでエドワードを復活させるだと?」
机の上の資料が、リオンの握りしめた手によってわずかにずれた。
「絶対に許さん……!」
室内の空気が張り詰める。
ガルヴァンも口を閉ざしていた。
フィーナはリオンの様子を見つめ、ゼルファは慎重に言葉を選んでいた。
そのとき、ゼオンがリオンの隣へ歩み寄った。
「父上」
リオンは答えなかった。
「父上、冷静に行こう」
ゼオンの声は落ち着いていた。
リオンが息子を見る。
「……ゼオン」
「怒るのは分かるよ。でも、今はまだ分からないことがある。シスターは逃げたし、ヴァルガディアのことも全部分かったわけじゃない」
ゼオンは父の手元に視線を落とした。
「ここで怒りに任せて動いたら、相手の思うつぼかもしれない。ちゃんと調べて、証拠を揃えて、次は逃がさないようにしよう」
リオンは黙った。
息子の言う通りだった。
怒りに任せて動けば、また大切な情報を取り逃がすかもしれない。
シスターの身体が黒い煙になって消えたことも、まだ解明されていない。
そして、マサラ王国の事件には、ヴァルガディアという古き邪神が関わっている可能性が高い。
ここで感情を優先するわけにはいかなかった。
「……そうだな」
リオンはゆっくりと手を開いた。
「すまない。少し頭に血が上った」
「ううん。父上が怒るのは当然だよ」
ゼオンは小さく首を振った。
「でも、これ以上の被害を出さないためにも、冷静に進めよう」
「ああ。そうする」
リオンは深く息を吸い、吐いた。
胸の奥に残る怒りが消えたわけではない。
だが、今やるべきことは明確になった。
シスターの行方を追うこと。
ヴァルガディアの正体と目的を調べること。
そして、マサラ王国で何が起きたのか、残された証拠からすべてを明らかにすることだった。
その日の夕方、リオンはグスタフと二人で話をした。
場所は領主館の執務室だった。
窓の外には、少しずつ落ち着きを取り戻した領都の風景が広がっている。
「イザベラの件だが」
リオンが切り出すと、グスタフは静かにうなずいた。
「調査結果は聞いた。……まさか、そこまでのことをしていたとはな」
「領民から金を奪い、違法薬物を買い、死者の復活を願ってマサラ王国の事件に協力した。証拠も揃いつつある」
グスタフは目を閉じた。
妻が何をしていたのか。
自分が囚われている間に、領地がどうなっていたのか。
すべてを知った今、彼の顔には深い疲労が浮かんでいた。
「取り巻きの連中も同じだ。違法薬物の製造や使用に関わった者は、証拠を確認した上で裁く必要がある」
「そうだな」
グスタフはゆっくりと答えた。
「アルベール領の法に照らし、違法薬物の製造と使用に関わった者たちは処刑する。領主として、そう決める」
リオンはうなずいた。
「イザベラについては、ガルリオン共和国で裁く。マサラ王国の事件に関与した疑いがある以上、共和国側でも責任を問う必要がある」
「……分かった」
グスタフは短く答えた。
しばらく沈黙が続いた。
やがてグスタフは立ち上がり、イザベラが拘束されている部屋へ向かった。
リオンも少し離れて後を追った。
イザベラは椅子に座らされ、手を拘束されていた。
グスタフが入ってくると、彼女は顔を上げた。
「あなた……!」
その声には、期待と不安が混じっていた。
「あなたなら分かってくれるでしょう? 私はエドワードのために……!」
グスタフは何も答えず、イザベラの前に立った。
彼はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
かつて夫婦として暮らした相手だ。
共に過ごした時間もあった。
だが、今のグスタフの目に浮かんでいたのは、怒りだけではなかった。
深い失望と、取り返しのつかない悲しみだった。
「……エドワードは帰ってこない」
グスタフは静かに呟いた。
その一言が、イザベラの表情を凍りつかせた。
「……え?」
「どれだけ人を犠牲にしても、どれだけ罪を重ねても、あの子は帰ってこない」
「違う……」
「もう、やめるべきだったんだ」
「違うわ……!」
イザベラは首を振った。
「帰ってくるのよ! シスターがそう言ったの! エドワードは帰ってくるはずなの!」
「イザベラ……」
「嘘よ! あなたもリオンも、私を騙そうとしているのよ! エドワードは生き返る! 絶対に生き返るの!」
イザベラは叫び始めた。
声は次第に大きくなり、言葉は意味をなさなくなっていく。
「返して! 私のエドワードを返して! あの子を返してよ!」
拘束された身体を揺らしながら、イザベラは泣き叫んだ。
グスタフは目を伏せた。
もう、彼女の言葉に返すものはなかった。
リオンも黙って見つめていた。
同情はしなかった。
だが、目の前の女が、死者を取り戻したいという願いにすがりつき、取り返しのつかない場所まで来てしまったことは理解できた。
イザベラはなおも叫び続けていた。
エドワードの名を呼び、シスターを求め、リオンを罵りながら。
その姿を見届けたグスタフは、静かに手を下ろした。
「……連れていってくれ」
部屋の外に控えていた護衛がうなずいた。
イザベラはガルリオン共和国へ移送されることになった。
彼女が犯した罪については、共和国側で正式な裁判を行う。
グスタフはそれ以上、何も言わなかった。
夜。
リオンは領主館の窓辺に立っていた。
アルベール領は、ようやく安定を取り戻しつつある。
だが、事件の真相が分かったことで、新たな問題も見えてきた。
シスターは何者なのか。
なぜ、死者の復活を餌にイザベラを利用したのか。
そして、ヴァルガディアは本当に復活を望んでいたのか。
マサラ王国の地下で行われた儀式は、龍脈に干渉し、土ドラゴンを誘導するほどの規模だった。
その代償として、多くの人々が犠牲になった。
しかし、シスター自身は、儀式の失敗を恐れていたようにも見えた。
あるいは、彼女は最初から使い捨てられる存在だったのかもしれない。
「……まだ終わっていないな」
リオンは呟いた。
隣に来たゼオンが、父を見上げる。
「父上、次はどうするの?」
「シスターの行方を追う。それから、ヴァルガディアについて、もっと詳しく調べる」
「僕も手伝うよ」
「頼りにしている」
リオンは息子の頭に手を置いた。
怒りは消えない。
マサラ王国で起きたことを思えば、簡単に忘れられるはずもなかった。
それでも、ゼオンの言葉を忘れるつもりはない。
冷静に行く。
相手が何者であろうと、証拠を集め、事実を明らかにし、次の犠牲を防ぐ。
リオンは窓の外へ視線を戻した。
古き邪神ヴァルガディア。
その名が意味するものを知るまで、調査を終えるわけにはいかなかった。




