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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第398話 魔力を持たない者たち


 リオンは通信機を手に、教会から離れた森の中で待機していた。


 シスターは黒い煙となって消え、イザベラは確保した。しかし、これで事件が解決したわけではない。


 地下の礼拝堂には謎の魔法陣が残されている。さらに、アルベール領主館には領主グスタフ・アルベールが囚われている可能性が高かった。


 日本側の医療班と現地調査員が到着するまで、もう少し時間がかかる。


 リオンはその時間を無駄にするつもりはなかった。


「ガルヴァン、領主館の状況は?」


『暗部からの報告では、館の周囲に武装した連中がいる。イザベラの息がかかった連中だろうな。正面から入れば騒ぎになるぞ』


「もう騒ぎにするつもりだ」


『はっ。相変わらず容赦ねえな、お前』


「証拠を処分される方が困る。日本側の部隊が来る前に、館を押さえる」


 リオンは通信を切り、教会の方角を一度だけ振り返った。


 地下の調査は残りの暗部部隊に任せてある。イザベラも拘束済みだ。


 ならば、次にやるべきことは一つだった。


 アルベール領主館の制圧。


 そして、領主グスタフ・アルベールの救出だ。


     ◇


 アルベール領主館。


 かつてリオンが暮らしていた場所は、今ではまるで別の建物のようになっていた。


 門の前には武装した兵士が立ち、窓には見張りの姿がある。敷地内を行き来する者たちにも、以前のような落ち着きはなかった。


 リオンは館を見上げた。


「ここまで変わったか」


 懐かしさはなかった。


 あるのは、胸の奥に残る冷たい感情だけだった。


 リオンは暗部部隊に合図を送った。


「突入する。抵抗する武装勢力を制圧しろ。証拠を破壊させるな。こちらに向かって武器を使う者には容赦するな」


 命令を受けた隊員たちが動き出す。


 門の周囲で警備していた兵士が異変に気づき、声を上げた。


「何者だ!」


 返答はなかった。


 直後、館の敷地内に銃声が響き渡った。


 武装した警備兵たちは応戦しようとしたが、暗部部隊の連携した攻撃によって次々と戦闘不能になっていく。


 館の中でも騒ぎが起きた。


「敵襲だ! 門を守れ!」


「武器を持て! イザベラ様に知らせろ!」


 怒号が飛び交う。


 だが、リオンが率いる部隊は足を止めなかった。


 抵抗する者を制圧し、廊下や階段を確保しながら、館の奥へと進んでいく。


 リオン自身も銃を構え、周囲を警戒していた。


 ここはかつて自分の家だった。


 それでも、今は敵の拠点と変わらない。


「二階を確認しろ。書斎と執務室を優先だ。書類や帳簿を見つけても、勝手に持ち出すな。現場の状態を記録してから確保しろ」


 隊員たちが短く返事をする。


 リオンが日本側の現地調査員を待たずに動いた理由は、単純だった。


 証拠を隠滅される前に押さえる必要があったからだ。


 それに、もう一つ重要な理由があった。


 この世界には、精神に干渉する魔法が存在する。


 先ほどの教会で、ガルヴァンやフィーナ、暗部部隊の隊員たちがシスターの魔法によって操られた。敵味方の区別さえ失い、リオンに襲いかかってきたのだ。


 魔法に対抗するには、魔法が使えない者を投入する。


 日本人には魔力がない。


 少なくとも、リオンが知る限り、日本側の人間はこの世界の魔法による精神干渉を受ける条件そのものが違う。


 絶対に効かないと断言できるわけではない。だが、魔力を持つ者ばかりで調査を進めるより、精神干渉への対策として有効だと考えたのだ。


 だからこそ、リオンは日本側に現地調査員の派遣を依頼していた。


 そして今、その判断が必要になる事件が起きていた。


 館の奥。


 厳重に閉ざされた扉の前で、隊員が足を止めた。


「陛下、この部屋から人の気配があります」


「開けろ」


 扉が開かれる。


 室内には、窓のない小さな部屋があった。


 その奥に、一人の男が座らされていた。


 痩せた身体。乱れた髪。疲れ切った顔。


 しかし、リオンにはすぐに分かった。


「……グスタフ」


 男が顔を上げる。


 リオンの元父親であり、アルベール領の現領主。


 グスタフ・アルベールだった。


「リ、リオン……?」


 グスタフは信じられないものを見るように目を見開いた。


「本当に、お前なのか……?」


「そうだ。迎えに来た」


 リオンはグスタフの拘束を確認し、隊員に解除を指示した。


 拘束が解かれると、グスタフは立ち上がろうとした。しかし、足元がふらつき、壁に手をつく。


「おい、無理をするな」


「……すまない」


 グスタフは俯いた。


 その姿を見ても、リオンの表情は変わらなかった。


 かつて父と呼んだ男だ。


 だが、リオンがこの男に対して抱いている感情は、複雑だった。


 親子としての情が完全に消えたわけではない。しかし、過去に受けた仕打ちも、エドワードとの因縁も、なかったことにはできない。


 リオンは余計な言葉を挟まず、用件を告げた。


「グスタフ。お前には、やってもらうことがある」


「……何だ?」


「アルベール領を立て直せ」


 グスタフが顔を上げた。


「領内の税制、土地の没収、領民への処遇。全部調べ直せ。イザベラが何をしていたのかも、誰が協力していたのかも、徹底的に洗い出すんだ」


「……」


「領主はお前だろう。名目だけの領主で終わるつもりか?」


 リオンの声は厳しかった。


「領民が苦しんでいる。家を失った者もいる。さらわれた少女までいた。お前が囚われていた事情は分かった。だが、これからどうするかは別の話だ」


 グスタフは唇を噛んだ。


 自分が領主でありながら、領地を守れなかった。その事実を突きつけられ、言い返すことができなかった。


 しばらくして、グスタフはゆっくりとうなずいた。


「……わかった」


「本当に分かっているのか?」


「わかっている。私は領主だ。逃げるわけにはいかない」


 グスタフは弱々しくも、リオンの目を見た。


「今までのことを調べ直す。領民に何が起きたのか、イザベラが何をしていたのか、必ず明らかにする」


「その言葉を信じるぞ」


 リオンは通信機を取り出した。


「こちらリオン。領主グスタフを救出した。医療班を館へ回してくれ。本人は衰弱している」


『了解しました。医療班を向かわせます』


 通信を終えると、リオンはグスタフに向き直った。


「日本の医療班が来る。治療を受けろ。身体が動くようになったら、調査を始めてもらう」


「日本……?」


「詳しい説明は後だ。今は治療が先だ」


 ほどなくして、日本側の医療班が領主館へ到着した。


 医療班はグスタフの状態を確認し、応急処置を始めた。長期間にわたる拘束と衰弱が見られたため、無理をさせないよう慎重に処置が進められる。


「患者さんはしばらく安静が必要です。詳しい検査も必要になります」


「分かった。治療は任せる」


 リオンは短く答えた。


 グスタフは担架に移される前に、リオンを見た。


「リオン……」


「何だ?」


「助けてくれて、ありがとう」


 リオンは一瞬だけ黙った。


「礼はいい。それより、領主としてやるべきことをやれ」


 それだけ言い残し、リオンは踵を返した。


 グスタフを許したわけではない。


 過去の問題が解決したわけでもない。


 ただ、今は領地を立て直すことが先だった。


 その後、リオンは日本側の現地調査員と合流した。


 彼らは日本の特殊作戦群から派遣された隊員を中心とする調査チームだった。武装した護衛要員と証拠保全の専門要員が同行し、現場の記録、書類の確保、関係者の確認を分担して進める。


 隊員の一人がリオンに尋ねた。


「陛下、今回の調査では、魔法による精神干渉の可能性を特に警戒するようにとのことでしたが」


「ああ。教会で実際に被害が出た。味方が操られて、俺に襲いかかってきた」


「魔力のない日本人であれば、その種の干渉を受けにくいと?」


「少なくとも、魔力を持つこの世界の人間とは条件が違う。だから日本側に頼んだ。ただし、絶対に安全だと思い込むな。未知の力が相手だ。異常があればすぐに報告しろ」


「了解しました」


 調査員は真剣な表情でうなずいた。


 リオンは館の廊下を見渡した。


「まずは領主館だ。執務室、書庫、金庫、地下室。イザベラが使っていた場所を中心に、記録を残しながら調べてくれ。帳簿、手紙、命令書、何でもいい。領地の金がどこへ流れたのかを突き止める」


「証拠品には番号を振り、発見場所と状態を記録してから保全します」


「頼む。俺たちだけでは見落とすものもあるだろう」


 リオンは日本側の調査員とともに、館の証拠集めに取りかかった。


 書斎からは、領民に課された税の記録が見つかった。


 帳簿には、通常の税とは別に、使途の分からない金銭の徴収が記載されている。土地や家屋を没収された領民の一覧も残されていた。


 さらに、特定の商人へ多額の金が渡された記録が複数見つかった。


「この送金先、同じ名前が何度も出てきます」


 調査員が資料を示した。


「金額も大きいな。取引の内容は?」


「記載がありません。支出の記録だけです」


「それも押さえておいてくれ。教会とのつながりがあるかもしれない」


 リオンは別の資料に目を通した。


 イザベラは領地の金を、単に私腹を肥やすためだけに使っていたのではないのかもしれない。


 地下の礼拝堂にあった魔法陣。シスターが使った精神干渉の魔法。マサラ王国から人々が消えた事件。


 それらを結びつける証拠が、この館に残されている可能性があった。


「一枚たりとも見落とすな。紙切れでも、誰かの命令書かもしれない」


 リオンはそう告げると、次の部屋へ向かった。


 領主館の調査が一段落すると、今度は教会へ移動する。


 地下の礼拝堂では、暗部部隊が引き続き証拠を保全していた。日本側の調査員は彼らと合流し、魔法陣の配置、壁に刻まれた文字、祭壇に残された物品を慎重に記録していく。


 魔法陣には、見たことのない文字が混じっていた。


「この文字は読めるか?」


 リオンがフィーナに尋ねる。


 フィーナは首を横に振った。


「一部は古代語に似ています。しかし、すべては分かりません。普通の召喚術とも違うようです」


「そうか。写真と記録を残して、後で詳しく調べよう」


 日本側の調査員は、魔法陣をさまざまな角度から撮影し、寸法を測り、周囲に残された物品を一つずつ記録した。


 リオンはその作業を見守りながら考えていた。


 日本人には魔力がない。


 だからこそ、魔法による精神干渉が疑われる現場でも、調査を進めるための重要な役割を担える。


 しかし、魔力がないことだけで、あらゆる危険を避けられるわけではない。


 シスターの身体を朽ちさせた黒い煙は、いったい何だったのか。


 あれがヴァルガディアの力なのだとすれば、魔法という枠組みだけで理解できる相手ではない可能性もある。


 リオンは地下の礼拝堂を見渡した。


「ここから先は、証拠がものを言う。何が起きたのか、誰が関わっていたのか。全部、明らかにしてやる」


 アルベール領主館と古い教会。


 二つの現場から集められた証拠は、やがて領地を揺るがす事実を明らかにしていくことになる。


 そして、その先には、まだ誰も全貌を知らない古き邪神の影があった。




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