第397話 口封じ
リオンは気絶したシスターとイザベラを連れ、地下の礼拝堂へ戻った。
礼拝堂では、残りの暗部部隊が魔法陣や祭壇の調査を進めていた。テイザー銃で気絶させたガルヴァンやフィーナたちも、少しずつ意識を取り戻し始めている。
「地下の調査はお前たちに任せる。妙な仕掛けがあっても、無理に触るな。記録と証拠の確保を優先しろ」
「了解しました」
暗部部隊の隊員が返事をする。
リオンは気絶した二人を見下ろした。
「こいつらから話を聞く。ここでは落ち着いて尋問できそうにないからな」
そう言って、リオンはシスターとイザベラを教会から離れた森の一角へ移動させた。
周囲に人影はない。
通信機で暗部部隊に連絡を入れ、周辺の警戒を頼んでから、リオンは二人を地面に座らせた。シスターには拘束具をつけ、イザベラにも逃げられないよう手錠をかける。
まずはシスターからだ。
リオンは彼女の頬を軽く叩いた。
「おい、起きろ」
シスターがゆっくりと目を開けた。
あの不気味な笑顔が、すぐに顔へ戻る。
「あら……ここは?」
「教会から離れた森の中だ。さて、いくつか聞きたいことがある」
リオンはしゃがみ込み、シスターの目を見た。
「お前は何者だ? あの魔法は何だ。イザベラと組んで、何を企んでいる?」
シスターは答えず、口元を歪めた。
「ふふ……あなたに教える必要があるかしら?」
「あるさ。お前は人を操り、少女をさらい、地下で怪しげな儀式をしていた。説明してもらうぞ」
「あらあら。ずいぶんと強気なのね」
シスターは笑った。
「でも、残念。あなたには何も教えられないわ」
「なぜだ?」
「だって……」
その瞬間だった。
シスターの口から、黒い煙が細く立ち上った。
「……何だ?」
リオンは反射的に身を引いた。
黒い煙は、まるで生き物のようにシスターの口から這い出し、空中で渦を巻いた。
シスターの笑顔が凍りつく。
「ま、待って……これは……!」
声が震えた。
次の瞬間、シスターの身体に異変が起きた。
肌が急速に乾き、衣服が崩れ、身体そのものが古びた木のようにボロボロと朽ちていく。
「おい! 待て!」
リオンは手を伸ばしかけたが、触れる前にシスターの身体は崩れ落ちた。
残ったのは、黒ずんだ塵と、風に流されるわずかな煙だけだった。
煙は空中で一瞬だけ人の顔のような形を作り、嘲笑うように歪んだ。
そして、跡形もなく消えた。
「クソッ、逃げられた」
リオンは吐き捨てるように呟いた。
尋問を恐れて口を封じられたのか。それとも、シスター自身が何らかの契約を結んでいたのか。
いずれにしても、ただの魔法で起きた現象とは思えなかった。
「ヴァルガディア……お前が関わっているのか?」
リオンは黒い塵を見つめた。
答える者はいない。
仕方なく、リオンは残されたイザベラへ視線を向けた。
「さて、次はお前だ」
イザベラはすでに目を覚ましていた。
リオンと目が合った途端、彼女の表情が怒りに染まる。
「あなた……! よくも私にこんな真似を!」
「元気そうで何よりだ。質問に答えろ。あのシスターとは、いつから手を組んでいた?」
「黙りなさい!」
イザベラは拘束されたまま、声を張り上げた。
「あなたが何をしたのか、分かっているの!? あなたはアルベール家の人間を傷つけ、私の立場を踏みにじったのよ!」
「アルベール家の人間?」
リオンは冷めた目で見返した。
「領民から税をむしり取り、払えない者から土地や家を取り上げ、挙げ句の果てには少女をさらった。お前がやっていたことを聞いているんだ」
「それが何だというの!」
イザベラは叫んだ。
「領地を治めるには金が必要なのよ! 逆らう者を従わせるのは当然でしょう!」
「地下の魔法陣もか?」
「……っ!」
一瞬、イザベラの顔が強張った。
リオンはその反応を見逃さなかった。
「やっぱり知っているんだな。あの儀式は何だ? ヴァルガディアを信仰しているのか?」
「うるさい! うるさい、うるさい!」
イザベラは首を振り、叫び続けた。
「あなたに何が分かるの! あなたはアルベール家を捨てた人間よ! あの家を継ぐべきだったのはエドワードなの! それなのに、あなたは……あなたは……!」
リオンは黙っていた。
イザベラの目には、恐怖よりも憎悪が強く浮かんでいる。
そして彼女は、ついにその言葉を吐き出した。
「エドワードを殺した罪だ!」
森に響き渡るほどの声だった。
「あなたがエドワードを殺したのよ! 私の息子を! その罪を償わせるためなら、何だってするわ! 領民がどうなろうと、誰が犠牲になろうと関係ない! あなたを苦しめられるなら、それでいいのよ!」
リオンは静かに息を吐いた。
「……そうか」
「そうよ! あなたは殺人者よ! 人殺しのくせに、正義の味方みたいな顔をして! 私を裁く資格なんてない!」
イザベラはなおも喚き続けた。
リオンは、しばらく彼女を見つめていた。
エドワードが死んだことへの恨み。それが彼女の行動の根にあるのだろう。
だが、それで領民を苦しめていい理由にはならない。
「……もういい」
「何ですって!?」
「今のお前から聞ける話はなさそうだ」
リオンは携帯していた鎮静用の薬剤を取り出し、使用量を確認してからイザベラを眠らせた。
騒がしかった声が止み、森に静けさが戻る。
リオンは立ち上がり、通信機を手に取った。
「こちらリオン。シスターは死亡した。身体が朽ちて、黒い煙になって消えた。イザベラは確保している。護送要員を寄越してくれ」
『了解。そちらへ向かいます』
通信を切ったリオンは、教会のある方向を振り返った。
シスターは死ぬ直前、明らかに何かに怯えていた。
そして、あの黒い煙は逃げるように消えていった。
誰かが口封じをしたのか。それとも、ヴァルガディアとやらが信者を見限ったのか。
今のリオンには判断できなかった。
「……面倒なことになってきたな」
リオンは小さく呟いた。
イザベラを捕らえただけでは終わらない。
地下の礼拝堂に残された魔法陣。そして、国ひとつから人々が消えたマサラ王国の事件。
それらが同じ存在につながっているのだとしたら、今回の事件は、まだ入り口にすぎないのかもしれなかった。




