第395話 逃げたイザベラ
地下礼拝堂は混乱の渦中にあった。
ガルヴァンが剣を振りかざし、暗部部隊の隊員たちがリオンへ迫る。フィーナも苦しそうに顔を歪めながら、リオンを捕まえようとしていた。
農民の少女まで、涙を流しながら襲いかかってくる。
「くそっ! 全員、正気に戻れ!」
リオンは叫んだが、誰にも届かなかった。
仲間たちを傷つけるわけにはいかない。かといって、このまま逃げ回っていても状況は悪くなる一方だった。
「何か……何かないのか!」
リオンは背負っていたバッグを探った。
日本側から持ち込んだ道具がいくつも入っている。普段なら必要なものをすぐに取り出せるのだが、今は仲間たちに囲まれ、焦りで頭が回らなかった。
「待て! ちょっと待てって!」
ガルヴァンが迫ってくる。
「おい、ガルヴァン! 俺だ、リオンだぞ!」
「リ……オン……!」
ガルヴァンは一瞬だけ動きを止めた。
しかし、すぐに苦しそうに顔を歪め、再び剣を構えた。
「ぐっ……逃げろ……!」
「だから、お前を置いて逃げられるか!」
リオンはバッグの中を必死に探り、ようやく目的の道具を取り出した。
「これだ!」
テイザー銃のモジュールだった。
日本側から持ち込んでいた装備の一つである。
リオンはすぐに使用できる状態にすると、襲いかかってくる仲間たちを見た。
「悪く思うなよ!」
まず、目前に迫った暗部隊員を制圧する。
隊員は抵抗する間もなく意識を失い、その場に倒れた。
リオンはすぐに次の相手へ向き直る。
「ガルヴァン、頼むから大人しくしてくれ!」
「うるせえ……! 俺に命令するな……!」
「こんな時まで偉そうにするな!」
リオンは必死に対応し、次々と仲間たちを制圧していった。
抵抗が激しい者には無理をせず、動きを止めることを優先する。倒れた者たちが不用意に動かないよう、持っていた拘束具で手足を固定していった。
フィーナも、少女も、最後には意識を失って倒れた。
「……はぁ、はぁ……」
リオンは肩で息をしながら、周囲を見回した。
ようやく静かになった地下礼拝堂。
床には倒れた仲間たちが並んでいる。
「全員、あとで絶対に文句を言うなよ……」
リオンは額の汗を拭った。
特にガルヴァンには、目を覚ました途端に怒鳴られそうな気がした。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「そうだ。イザベラは……!」
リオンは慌てて祭壇の方を振り返った。
そこには誰もいなかった。
イザベラも、あの薄気味悪い笑みを浮かべていたシスターも、姿を消していた。
「……は?」
リオンは一瞬、言葉を失った。
つい先ほどまで、二人は祭壇の前にいたはずだ。
仲間たちを制圧することに気を取られている間に、逃げ出したのだろう。
「くそっ! あいつら、どこへ行った!」
リオンは祭壇の周囲を調べた。
壁には複雑な紋様が刻まれ、床には魔法陣が残っている。しかし、目立った出口は見当たらない。
「隠し通路か? 転移魔法か? どっちだよ!」
焦りが募る。
このまま逃がせば、少女を連れ去った理由も、ヴァルガディアの信仰についても、何も分からないままになってしまう。
リオンはバッグを床に置き、中身をかき回した。
「何かないか!!」
予備の通信機、懐中電灯、医療用品、工具。
いろいろな道具が出てくるが、今すぐ役立ちそうなものが見つからない。
「頼むから、こういう時に使えるものを入れておいてくれよ、日本側!」
もちろん、バッグの中身を用意したのは自分自身だった。
リオンは一瞬だけ天井を仰いだ。
「……いや、文句を言う相手は俺か」
気を取り直して、もう一度バッグの中を探る。
そして、ようやくサーモセンサーを見つけた。
「これだ!」
リオンは急いで機材を起動させた。
まず地下礼拝堂の周囲を確認する。
壁の向こう側に、いくつかの熱源が映った。だが、仲間たちを除けば、人の姿は見当たらない。
「どこだ……」
リオンは表示を切り替え、地下通路らしき場所を調べた。
すると、礼拝堂の奥にある石壁の向こうで、二つの熱源が動いているのが見えた。
「いた!」
リオンは画面に顔を近づけた。
二つの熱源は、礼拝堂から離れるように移動している。
イザベラとシスターなのか、それとも別の誰かなのか。サーモセンサーだけでは断定できない。
だが、今は追うしかなかった。
「隠し通路があるんだな……!」
リオンは熱源の移動方向を確認し、石壁へ駆け寄った。
壁の一部には、周囲とは異なる傷がついていた。
手で押してみる。
動かない。
「くそっ、どうやって開けるんだ!」
焦りながら壁を調べていると、足元に小さな石板があることに気づいた。
そこには、床の魔法陣と同じ紋様が刻まれていた。
「これを動かせばいいのか?」
リオンが石板に手を伸ばした、その時だった。
サーモセンサーの画面で、二つの熱源が急に動きを速めた。
「待て! 逃がすか!」
リオンは石板を押し込み、壁の奥から重い音が響くのを聞いた。
ゆっくりと石壁が開いていく。
その先には、暗い通路が続いていた。
リオンはサーモセンサーを握りしめ、通路の奥を睨んだ。
「イザベラ……それに、あのシスター」
銃を構え直す。
「今度こそ、逃がさないぞ」
仲間たちの無事を確認し、救出した少女を守りながら、二人を追わなければならない。
リオンは一度だけ振り返り、倒れている仲間たちを見た。
「すぐ戻る。だから、それまで大人しく寝ていてくれ」
そして、サーモセンサーの画面を頼りに、暗い隠し通路へと足を踏み入れた。




