第392話 アルベール領の闇
レオルディア王国、アルベール領。
リオンたちは領都に到着すると、目立たない宿を拠点にして調査を始めた。
今回は大軍を連れてきたわけではない。リオン、フィーナ、ガルヴァン、そして暗部部隊の少数精鋭だ。
表向きは旅人として振る舞いながら、領民や商人から話を聞き、税の徴収状況やアルベール家の動きを調べていた。
「……なるほどな。こりゃ、想像以上だ」
数日後、集まった報告書を眺めながら、リオンが呟いた。
「領民への税は以前の数倍。払えない者は土地を取り上げられ、抗議した者は兵士に連れていかれる。商人も商売を続けるために、イザベラへ金を渡しているらしい」
ガルヴァンは椅子に座り、腕を組んだ。
「領主の仕事を何だと思ってるんだか。領民から搾り取るだけなら、子供でもできるぜ」
「その子供でも、ここまで露骨にはやらないだろうな」
「違いない」
ガルヴァンは鼻で笑った。
だが、次の報告を読んだリオンの表情が変わった。
「……グスタフが捕まっている?」
「そうだ。現当主のグスタフ・アルベールは、屋敷の一角にある部屋へ閉じ込められているらしい」
ガルヴァンが答えた。
「表向きは病気療養ということになっているが、実際には自由を奪われている。食事も最低限で、家臣との面会も許されていないそうだ」
「実の夫を閉じ込めたってわけか」
「イザベラにとって、グスタフが邪魔になったんだろうな。今のアルベール家に、まともに逆らえる人間はほとんどいないらしい」
リオンは報告書を机に置いた。
グスタフ・アルベール。
かつての父親だ。
複雑な事情があり、リオンにとって決して懐かしいだけの相手ではない。それでも、自分の知っている男が屋敷に閉じ込められていると聞けば、気にならないはずもなかった。
「グスタフのことは、引き続き調べろ。すぐに助け出すかどうかは、状況を確認してから決める」
「了解だ。下手に動いて、イザベラに何かを隠されても面倒だからな」
ガルヴァンは立ち上がった。
「それと、フィーナ。邪神の信仰についても調べておけ。宗教施設や集会の場所が分かれば、暗部に知らせろ」
「分かりました」
フィーナは真剣な顔で頷いた。
その日の午後。
リオンはガルヴァンとともに、領都の市場から少し離れた通りを歩いていた。
道行く人々の顔には、活気よりも疲労が目立つ。
店先に並ぶ商品は少なく、農民らしき人々も必要な買い物だけを済ませると、足早に立ち去っていく。
「領民が怯えてるな」
リオンが呟いた。
「兵士の目があるからな。あちこちに見張りが立っている。誰かがイザベラの悪口でも言えば、すぐに連れていかれるんだろう」
ガルヴァンは周囲を観察しながら答えた。
その時だった。
通りの向こうから、数人の兵士がやってきた。
彼らの前には、一人の農民の少女がいた。
少女はまだ幼さの残る年頃で、着古した服を身につけていた。腕には、小さな布袋を抱えている。
「離してください! 私は何もしていません!」
少女が必死に訴える。
兵士の一人が、乱暴に腕を引いた。
「黙れ! イザベラ様がお呼びだ!」
「でも、母が……母が待っているんです!」
「そんなことは知らん!」
少女は抵抗したが、兵士たちは聞く耳を持たなかった。
リオンは足を止めた。
「……おい。あれは何だ?」
ガルヴァンも兵士たちを見つめる。
「連行だな。だが、罪状を告げている様子もない」
「暗部に調べさせろ」
リオンは声を低くした。
「少女の身元と、イザベラが何のために呼び出したのかを確認しろ。今はまだ手を出すな。相手の目的が分からない」
「分かった。尾行させる」
ガルヴァンは通りの端にいた暗部の隊員へ、さりげなく合図を送った。
隊員は人混みに紛れ、兵士たちの後を追い始めた。
リオンはその背中を見送った。
少女は何度も振り返り、助けを求めるように周囲を見ていた。
だが、領民たちは誰も動かなかった。
目を伏せ、聞こえなかったふりをしている。
彼らが冷たいわけではない。
逆らえば、自分や家族までどうなるか分からないのだ。
「……胸糞悪いな」
リオンが小さく呟いた。
「助けたいなら、まずは相手が何をしているのか突き止めることだ。焦って飛び込んでも、少女を危険にさらすだけだぜ」
ガルヴァンの言葉は、いつもより少しだけ厳しかった。
「分かってる」
リオンは短く答えた。
かつて自分が暮らしたアルベール家。
そこでは今、イザベラが権力を握り、領民から税を搾り取り、古い邪神ヴァルガディアを信仰している疑いまである。
そして今度は、何の罪があるのかも分からない少女が連れていかれた。
少女の行き先を突き止めなければならない。
その日の夜、宿へ戻ったリオンのもとに、暗部部隊から最初の報告が届いた。
「陛下、連行された少女の行方ですが……」
報告に来た隊員は、言葉を選ぶように一度口を閉じた。
「途中で護送先が変更され、現在の行き先を確認できておりません」
「見失ったのか?」
「申し訳ありません。イザベラの直属と思われる兵士が合流し、別の馬車へ移されたようです」
リオンの目が細くなった。
「別の馬車……。どこへ向かった?」
「現在、複数の部隊で捜索しております。ただ、通常の牢獄には運ばれていない可能性が高いかと」
部屋に沈黙が落ちた。
フィーナが不安そうにリオンを見る。
「リオン様。もしかすると、ヴァルガディアと関係があるのでしょうか」
「まだ決めつけるな。だが、無関係とも思えない」
リオンは椅子から立ち上がった。
「ガルヴァン、領内の不審な施設を洗い出せ。古い礼拝堂、使われていない屋敷、地下施設……何でもいい。イザベラが人目を避けて何かをしている場所を探せ」
「任せろ。今度は逃がさない」
ガルヴァンは険しい顔で答えた。
リオンは窓の外を見つめた。
暗い夜の向こうに、アルベール家の屋敷がある。
あそこには、閉じ込められたグスタフがいる。
そして、どこかへ連れ去られた農民の少女もいる。
「イザベラ……お前はいったい、何を始めた?」
リオンの呟きは、誰もいない部屋に静かに消えていった。




