第383話 アルベール家の印章
馬車の外では、御者が森の中へ逃げていた。
「待て!」
リオンが声を上げる。
しかし、御者は振り返ることなく走っていく。
ゼオンは精霊の女王から借りた道具を見つめていた。
「……追わなくていいよ」
「え?」
リオンがゼオンを見る。
「あの人は、この事件とは関係ないよ」
ゼオンは迷いなく言った。
「どうして分かる?」
「魔力が違うから」
ゼオンは御者が走っていった方向を見る。
「あの人からは、あの変な魔力を感じなかった」
「……そうか」
リオンは少し考えた。
そして頷く。
「分かった。ゼオンを信じる」
リオンは精霊へ頼むよう、ゼオンに声をかけた。
「じゃあ、念のため追ってもらえるか?」
「うん」
ゼオンが魔力を込める。
すると森の中から小さな精霊たちが現れ、御者を追っていった。
「これでいい?」
「ああ」
リオンは馬車の中へ戻った。
まず、眠っている少女を確認する。
「怪我は……ないな」
身体を一通り確認する。
目立った外傷はない。
呼吸も安定している。
それなのに、少女は一向に目を覚まさない。
「……どうする?」
ゼオンが困った顔をする。
「俺に聞くな」
「だって父さんの方が詳しそう」
「俺だって分からん」
二人で少女を見る。
少女は静かに眠っている。
「起きないな……」
「うん」
「揺すって起こすのも怖いしな」
リオンは少し考えた。
「ゼオン」
「何?」
「起こしてくれ」
「僕が?」
「ああ」
「どうやって?」
「優しく声をかけてみろ」
「分かった」
ゼオンが少女のそばに座る。
「ねえ……起きて」
「……」
反応はない。
「起きて。聞こえる?」
少女は眠ったままだった。
「……起きない」
「困ったな」
リオンはため息をつき、死んだ商人風の男へ視線を移した。
「じゃあ、俺はこいつを調べる」
男の服や持ち物を確認する。
財布らしきもの。
いくつかの小物。
そして――
「紙?」
リオンが懐から一枚の紙を取り出した。
「何か書いてある?」
ゼオンが覗き込む。
「文字は少ないな」
だが、紙の端に見覚えのある印が押されていた。
丸い印章。
その中央に刻まれた紋章。
リオンの顔から表情が消えた。
「……これ」
「知ってるの?」
「ああ」
リオンは印章を見つめる。
忘れるはずがない。
かつて何度も見た紋章だった。
レオルディア王国。
アルベール領。
そして……。
「アルベール家の印章……」
リオンの手が止まった。
「まさか……」
リオンは紙を握りしめる。
アルベール家と、マサラ王国の人々が消えた事件。
そして、この少女。
何もかもが、少しずつ繋がり始めている。
「父さん……」
「なんだ?」
「この子、まだ起きない」
「……そうだな」
二人は再び少女を見る。
少女は何も知らないように、静かに眠り続けていた。




