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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第375話 生き残った馬


 マサラ王国に入ってから、調査は思うように進んでいなかった。


 町を調べても、人が消えた原因らしいものは見つからない。


 家の中にも、店の中にも、目立った異常はなかった。


「私は教会を調べてみます」


 フィーナが言った。


「何か記録が残っているかもしれません」


「分かった。俺たちは王宮を調べる」


 リオンはゼオンと一緒に王宮へ向かった。


 王宮の中も、町と同じだった。


 静かすぎる。


 誰かがいるはずの場所なのに、物音一つしない。


 玉座の間。


 国王の執務室。


 食堂。


 宝物庫。


 順番に調べていく。


 机の上の書類も確認した。


 棚に並んだ記録も確認した。


 だが、住民が消えた原因につながりそうなものは見つからなかった。


「……何もないな」


 リオンは執務室の机を調べながら呟いた。


「うん」


 ゼオンも周囲を見回す。


「魔法を使った跡もないよ」


「そうか……」


 リオンはため息をついた。


「フィーナのほうはどうかな」


 無線機を取り出して連絡する。


『リオン様。こちらも特に手掛かりはありません』


「そっか」


『教会の記録も確認していますが、今のところ異常は見つかっていません』


「分かった。何か見つかったらすぐ教えてくれ」


『はい』


 通信が終わる。


 リオンは無線機をしまった。


「……手掛かり、一つくらいあってもいいだろ」


 思わず愚痴が出る。


「本当に何もないね」


「それが一番困るんだよな」


 調査隊全体にも、少しずつ疲れが見え始めていた。


 歩き回っても、調べても、何も出てこない。


 時間だけが過ぎていく。


 その時だった。


「……父さん」


「どうした?」


「馬がいる」


「馬?」


 ゼオンが指差した先には、王宮の厩舎があった。


 リオンはゼオンと一緒に中へ入る。


「……いた」


 奥に、一頭の馬がいた。


 こちらを見ている。


 だが、明らかに弱っていた。


 体は細くなり、立っているのも辛そうだった。


「生きてる!」


 ゼオンが駆け寄ろうとする。


「待て。ゆっくりな」


 リオンが止める。


 驚かせないように近づき、馬の様子を確認する。


「かなり弱ってるな」


 すぐに水と食料を用意させた。


 日本側の調査員の中に動物を診られる者がいたため、その者にも診てもらう。


 幸い、大きな怪我はなかった。


 ただ、長い間ろくに食べられていなかったらしい。


「少しずつ食べさせよう」


 リオンはそう言って、馬の前に水を置いた。


 馬は最初、警戒するように水を見ていた。


 やがて、ゆっくりと口を近づける。


「……飲んだ」


 ゼオンがほっとしたように言った。


「よかった」


 その後も少しずつ食事を与え、しばらく世話を続けた。


 すると、馬の様子が少しずつ変わっていった。


 耳が動く。


 目にも少し力が戻る。


「だいぶ落ち着いたな」


 リオンが馬の前にしゃがむ。


「大丈夫か?」


『……食べ物、うまい』


「……ん?」


 リオンが固まった。


 隣のゼオンを見る。


 ゼオンも目を丸くしていた。


「父さん」


「ああ」


「今、喋ったよね?」


「……喋ったな」


 リオンとゼオンには、異世界に来た際に与えられた特典によって、動物の言葉を理解する力があった。


 だから驚くこと自体はなかった。


 ただ、この馬が何かを知っている可能性に、二人とも気づいた。


「お前、話せるんだな」


『うん……』


 馬は少し眠そうに答えた。


 ゼオンが馬のそばに座る。


「ねえ。ここで何があったの?」


『……分からない』


「分からない?」


『うん……』


 馬は少し考えるように首を動かした。


『いつも、食べ物をくれるおっちゃんがいた』


「厩務員か?」


『そう。優しいおっちゃん』


 馬の声が少し嬉しそうになる。


『毎日、食べ物を持ってきてくれた』


「その人は、いつまでいた?」


『ある日の夜まではいた』


「何か言ってなかった?」


『言ってた』


 馬はゆっくりと思い出す。


『今日は祭りがあるって』


「祭り?」


『うん』


 リオンとゼオンが顔を見合わせる。


『みんな楽しみにしてるって言ってた』


「それは、どんな祭りだった?」


『分からない』


 馬は少し困ったように耳を動かした。


『馬だから、祭りには行ってない』


「そうか」


 リオンは頷く。


「その夜に何か起きたんだな?」


『……うん』


 馬の耳がぴくっと動いた。


『夜になって……外が光った』


「光った?」


『すごく明るかった』


「どれくらい?」


『分からない……でも、怖かった』


 馬が少し身を震わせる。


 ゼオンがそっと首元を撫でた。


「大丈夫だよ」


『……うん』


 少し落ち着くと、馬はまた話し始めた。


『そのあと、大きな音がした』


「大きな音?」


『うん。すごく大きかった』


「何かが壊れたような音か?」


『分からない。ただ……怖かった』


「それから?」


『朝になった』


 馬は少し間を置いた。


『でも、おっちゃんが来なかった』


 リオンの表情が変わる。


「他の人は?」


『誰も来なかった』


「王宮の人間も?」


『来なかった』


 馬は俯くように首を下げた。


『最初は、そのうち来ると思ってた』


「……」


『おっちゃん、いつも来てくれたから』


 リオンは何も言えなかった。


『でも……何日待っても、誰も来なかった』


 厩舎には、少しだけ食料が残っていた。


 馬はそれを食べて何とか生き延びていた。


 だが、それもすぐになくなった。


『水だけ飲んで……ずっと我慢してた』


 リオンは黙って馬の頭を撫でた。


「……よく生きてたな」


『……おっちゃん、戻ってくると思ってたから』


 その言葉に、ゼオンの表情が曇った。


 リオンも胸の奥が重くなる。


 祭りの日。


 突然の光。


 その直後に聞こえた、大きな音。


 そして翌朝。


 人が誰一人いなくなっていた。


「父さん」


「ああ」


 リオンは立ち上がった。


「祭りの日に何があったのか、調べよう」


「うん」


 ようやく見つかった。


 マサラ王国で起きたことにつながる、最初の手掛かり。


 それは、王宮に残された記録でも、魔法の痕跡でもなかった。


 一頭の馬が覚えていた、あの夜の記憶だった。




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