第374話 無人のマサラ王国
出発直前。
リオンは合同調査隊の最終確認をしていた。
「調査員は揃ってるな。護衛も問題なし。日本側の機材も積み込んだか?」
「全部積んである」
ガルヴァンが答える。
「よし」
リオンが資料を閉じた、その時だった。
「父さん」
「リオン様」
振り返ると、ゼオンとフィーナが立っていた。
「ん?」
二人は一度顔を見合わせた。
そして、ほとんど同時に口を開く。
「僕も行きたい」
「私も同行します」
「……」
リオンは嫌な予感がした。
「……駄目だ」
「どうして?」
ゼオンが不思議そうに首を傾げる。
「どうしてって……」
リオンは言葉に詰まった。
ゼオンの顔を見ると、どうしても先日の土ドラゴンのことが頭に浮かぶ。
あの時も、ゼオンは自分にできることをしようとしていた。
結局、最後まで責任を背負わせてしまった。
まだ、そのことをリオン自身も引きずっている。
そんな中で、今回は神の啓示まで絡んでいる。
何が起きているのか、誰にも分からない。
「マサラ王国で何が起きたのか、まだ何も分かってないんだ」
リオンは少し声を落とした。
「安全だとは言えない。むしろ、かなり危険な場所かもしれない」
「でも……」
ゼオンは少し考えてから、まっすぐリオンを見る。
「精霊の王として、調べられることがあるかもしれない」
「……」
リオンは黙った。
確かに、その通りだった。
マサラ王国で何が起きたのかは分からない。
精霊や魔力に関係する現象なら、ゼオンにしか分からないものがあるかもしれない。
フィーナも静かに続ける。
「私も神から啓示を受けています」
「……ああ」
「マサラ王国に何か手掛かりがあるのなら、私も確認したいです」
リオンは二人の顔を見比べた。
「……本当に行きたいのか?」
「うん」
「はい」
二人とも迷いなく答えた。
リオンは頭を掻く。
「……二人とも、絶対に無茶するなよ」
「うん」
「分かりました」
「危ないと思ったら、俺の指示に従うこと」
「分かってる」
「はい」
「……」
リオンはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……分かった。付いてこい」
「ありがとう、父さん!」
ゼオンの表情が明るくなる。
「ありがとうございます、リオン様」
「ただし、本当に無茶するなよ」
「うん」
「はい」
こうして、ゼオンとフィーナも調査隊に加わることになった。
そして、大型ヘリがマサラ王国へ向けて飛び立った。
しばらくして。
「そろそろ見えるぞ」
操縦士の声が響く。
リオンは窓の外へ目を向けた。
眼下に、マサラ王国の街並みが見えてくる。
「……」
町がある。
道路もある。
建物も残っている。
遠くには畑らしき場所も見える。
一見すると、普通の町だった。
だが、「……静かだな」リオンが呟いた。
飛行中だからというわけではない。
地上を見ても、人の姿がまったく見えない。
歩いている人もいない。
店の前に立っている人もいない。
馬車が走っている様子もない。
「本当に、誰もいないんだ……」
ゼオンも窓の外を見つめていた。
「着陸するぞ」
ヘリがゆっくりと高度を下げる。
やがて、街の広場に着陸した。
ローターの回転が弱まり、最後には完全に止まる。
その瞬間。
静寂が広がった。
「……」
誰も口を開かなかった。
ヘリが飛んでいる間は気にならなかった。
だが、こうして地上に降りると分かる。
本当に静かだ。
町の中にいるはずなのに、人の気配がない。
「……本当に誰もいない」
ゼオンが小さく呟いた。
「気を抜くな」
ガルヴァンが周囲を見回す。
「住民が消えた理由が分かってない以上、何がいるか分からない」
「ああ」
リオンも頷いた。
護衛を前後に配置し、調査隊は慎重に街へ入っていく。
通りには店が並んでいた。
扉が開いたままの店もある。
家も残っている。
中を確認すると、生活用品までそのままだった。
食器。
家具。
衣類。
人が生活していた痕跡は、いくらでも残っている。
なのに、「人だけがいない」リオンが呟いた。
「……気味が悪いな」
ガルヴァンが周囲を警戒する。
その時だった。
「止まれ!」
建物の陰から突然、数人の男が飛び出してきた。
全員が武器を持っている。
「警戒!」
護衛たちが一斉に動いた。
男たちも一瞬ひるんだ。
「……盗賊か?」
リオンが尋ねる。
「たぶんな」
ガルヴァンが答えた。
人数と装備を確認し、護衛たちは男たちを取り押さえた。
「この国で何があった?」
リオンが聞く。
「知らねえよ!」
「いつから人がいなくなった?」
「俺たちは盗みに来ただけだ!」
「消える前の住民を見てないのか?」
「知らねえって言ってるだろ!」
何度聞いても、まともな答えが返ってこない。
ゼオンが少し困った顔で男たちを見る。
「この人たち、マサラ王国の人じゃないよ」
「ああ」
リオンも頷いた。
話を聞けば、男たちはマサラ王国の住民ではなかった。
無人になったという噂を聞きつけ、金目の物を探しに来ただけらしい。
「……駄目だな」
リオンはため息をついた。
「こいつらから聞いても、分かることはなさそうだ」
「だな」
ガルヴァンも頷いた。
盗賊たちは拘束し、後の処理を護衛に任せる。
調査隊は再び街の奥へ進んでいった。
誰もいない町。
静まり返った家々。
店に残された商品。
途中で止まったように見える生活の痕跡。
それなのに、住民だけがいない。
リオンは歩きながら、何度も周囲を見回した。
「……本当に、何が起きたんだ?」
答える者はいなかった。
ゼオンも、フィーナも、ガルヴァンも。
日本側の調査員たちも、黙って街を見ている。
誰かがいれば、話を聞ける。
何か事件があれば、その痕跡を探せる。
だが、ここにはその「誰か」がいない。
残された町だけが、何もなかったかのようにそこに存在していた。




