第372話 消えた国民
調査が始まってから、数日が経った。
ガルリオン共和国と日本側は、それぞれ別の方法で情報を集めていた。
共和国側では、商人や冒険者から寄せられた情報を整理し、各国との通信記録や国境付近の目撃情報まで確認している。
一方、日本側では航空写真や過去の地図を使い、人の暮らしが突然途切れている場所を探していた。
その日の午後。
リオンたちが集まっていた会議室に、通信が入った。
『リオンさん、分かりました』
日本側の声だった。
リオンは椅子から少し身を乗り出す。
「見つかったのか?」
『はい。複数の情報を照合した結果、かなり高い確度で特定できました』
「……どこだ?」
モニターに地図が表示される。
大陸の北側。
レオルディア王国が映し出され、そのさらに北へと視線が移っていく。
そして、一つの国名が表示された。
「……マサラ王国?」
リオンは思わず呟いた。
『はい。マサラ王国です』
隣にいたガルヴァンも、モニターを覗き込む。
「レオルディアの北に、そんな国があったのか?」
「俺も知らなかった……」
リオンは地図を見つめたまま答えた。
過去の戦争や周辺国との関係については、それなりに調べてきたつもりだった。
それでも、マサラ王国という名前には覚えがない。
「情報が少なすぎるな」
ガルヴァンが腕を組む。
「小さい国なのか?」
「それも分からない」
リオンは首を横に振った。
「そもそも、名前すらまともに聞いたことがない」
そこへゼルファが資料を持って入ってきた。
「共和国側の情報も出たぞ」
「マサラ王国について?」
「ああ」
ゼルファは資料を机の上に置いた。
「商人の記録を調べた。マサラ王国から来る予定だった商人が、何人も来ていない」
「何人も?」
「一人や二人じゃない。予定されていた交易が、まとめて途切れている」
ゼルファは別の資料をめくった。
「それと、国境付近を通った冒険者や旅人にも聞き取りをしたが、ここ最近、マサラ王国の住民を見たという証言がほとんどない」
「……ほとんど?」
「正確には、誰も確認できていない」
リオンの表情が変わった。
「つまり……」
そこで一度、言葉が止まる。
口に出すのが怖い。
だが、ここまで情報が揃ってしまえば、避けて通ることもできなかった。
「マサラ王国の民が、本当に消えたってことか」
会議室が静かになった。
その沈黙を破るように、日本側から再び通信が入る。
『航空画像についても報告があります』
「何か分かったのか?」
『町や村そのものは残っています』
「人は?」
『確認できません』
リオンが眉を寄せる。
「……確認できない?」
『はい。建物、道路、農地などは残っています。しかし、人が生活していると考えられる動きが、ほとんど確認できません』
「生活の跡は?」
『あります。畑や建物など、以前は人が暮らしていたことは分かります』
ゼルファが腕を組む。
「なのに、誰もいない……か」
『はい』
リオンはモニターの地図を見つめた。
建物が残っている。
村もある。
町もある。
それなのに、人だけがいない。
フィーナから聞いた言葉が頭をよぎる。
ある国の民が全て消えた。
あり得ない魔法だ。
「……マサラ王国」
リオンは小さく呟いた。
これまで名前すら知らなかった国が、突然、自分たちの目の前に現れた。
しかも、その国で神が言った異常事態が起きている。
「嫌な感じがするな」
ガルヴァンが言った。
「俺もだ」
リオンは素直に頷いた。
こういう時の嫌な予感は、できれば外れてほしい。
だが、今のところ一つも安心できる材料がない。
「まず、マサラ王国の周辺国に確認を取ろう」
リオンが顔を上げる。
「最後に国境を越えた人間がいつだったのか。何か異変を見ていないか。できるだけ細かく聞いてくれ」
「分かった」
ガルヴァンが頷く。
「俺の方で各国に連絡を入れる」
「頼む」
リオンは日本側のモニターを見る。
「それと、日本側にはもう一度航空画像を詳しく調べてもらいたい」
『何を探しますか?』
「何でもいい。人がいなくなった原因につながりそうなものを探してくれ。建物の変化でも、地面の異常でも、妙な魔力反応でもいい」
『了解しました。過去の画像とも比較してみます』
「頼む」
『はい』
通信が切れた。
会議室に静けさが戻る。
リオンは椅子に座り直した。
それでも、地図から目を離せなかった。
「……一国の人間が、全員消える」
ゼルファがぽつりと呟いた。
「しかも、神が『あり得ない魔法』と言っている」
「そうなんだよな」
リオンは自分の手を見る。
無意識に、拳を握っていた。
「土ドラゴンの件も、まだ完全に片付いたわけじゃない」
ゼルファが黙って聞いている。
「その直後に、今度は国一つだ」
リオンは小さく息を吐いた。
「……勘弁してくれよ」
誰も笑わなかった。
冗談で言ったわけではない。
王として、国を守る立場にいる。
だからこそ、目の前にある問題の大きさが嫌でも分かってしまう。
マサラ王国。
そこに何が起きたのか。
そして、消えた人々はどこへ行ったのか。
まだ何一つ分かっていない。
ただ一つだけ確かなのは地図の上に表示されたマサラ王国には、今も人の姿がないということだった。




