第371話 神を超える力
土ドラゴンが消えてから、数日が経った。
共和国各地の混乱も、ようやく落ち着き始めていた。
壊れた街道の修復。
土砂の撤去。
被害を受けた建物の確認。
やることはいくらでもあったが、それでも最悪の状態は抜けつつある。
精霊の都市でも、消えた龍脈の影響について調査が続いていた。
今のところ、大きな異常は確認されていない。
「……とりあえず、何も起きてないだけマシか」
執務室で報告書を読んでいたリオンは、椅子の背もたれに身体を預けた。
ここ数日は忙しかった。
ようやく少し落ち着けるかと思っていたところだった。
「陛下、聖女フィーナ様からお呼びです」
部屋の外から声がする。
「フィーナから?」
リオンは顔を上げた。
珍しい。
フィーナがわざわざ自分を呼び出すことは、それほど多くない。
「分かった。すぐ行く」
嫌な予感がした。
できれば外れてほしかった。
だが、こういう時の予感は大抵当たる。
リオンは席を立った。
聖女の部屋へ向かう。
扉を開けると、フィーナが待っていた。
「リオン様……」
「どうした?」
フィーナの顔を見た瞬間、リオンは表情を変えた。
いつもの落ち着いた様子とは違う。
明らかに何かを抱えている。
「何かあったのか?」
「はい……」
フィーナは一度息を吸った。
「神から、啓示を受けました」
「神から?」
リオンの背筋が伸びる。
土ドラゴンの時には、神から何の言葉もなかった。
それなのに今度は、直接フィーナに啓示があった。
それだけで嫌な予感が強くなる。
「何があった?」
フィーナはすぐには答えなかった。
少し迷うように視線を落とす。
「……ある国の民が」
そこで一度言葉が止まった。
「全て、消えました」
「……消えた?」
リオンは聞き返した。
「はい」
「戦争じゃないのか?」
「違います」
「災害?」
「それも……違います」
フィーナはゆっくり首を横に振る。
リオンは眉を寄せた。
「じゃあ、どうやって……」
「分かりません」
フィーナの声が少し震えた。
「神にも、分からないそうです」
「……神にも?」
リオンは黙った。
それは、あまりにも嫌な話だった。
「神は……『あり得ない魔法だ』と仰いました」
「あり得ない魔法……」
「さらに……」
フィーナが言葉を選ぶ。
「神をも超える力を感じた、と」
「……神を超える?」
リオンは思わず聞き返した。
「はい」
フィーナはリオンを見つめた。
「私も、何度も聞き返しました。聞き間違いではないかと」
「それで?」
「間違いではありませんでした」
フィーナは小さく息を吐く。
「神からの言葉は、こうでした」
そして、ゆっくりと口にする。
「『ある国の民が全て消えた。あり得ない魔法だ。神をも超える力を感じた。調べろ、リオン』」
部屋が静かになった。
リオンはしばらく何も言えなかった。
頭の中で、いくつもの出来事が繋がっていく。
土ドラゴン。
龍脈。
そして今度は、一つの国から人間が全て消えた。
「……どこの国だ?」
「それが……まだ分かりません」
「国そのものは?」
「残っているのか、消えたのか。そこまでは啓示にはありませんでした」
「そうか……」
リオンは額を押さえた。
「せめて国名くらい教えてくれよ……」
思わず本音が漏れる。
フィーナも困ったような顔をした。
「私も、そう思いました」
「だよな」
二人の間に、少しだけ沈黙が流れる。
だが、リオンはすぐに顔を上げた。
「分かった」
「調べるのですか?」
「ああ」
リオンは立ち上がった。
「神が直接、俺に調べろと言ったんだ」
少しだけ苦笑する。
「放っておくわけにもいかないだろ」
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
リオンは扉へ向かう。
「ただ、今回は何も分からなすぎる」
それが一番怖かった。
土ドラゴンの時は、少なくとも目の前に相手がいた。
敵なのか。
敵ではないのか。
何を目的にしているのか。
時間はかかったが、一つずつ調べることができた。
今回は違う。
何が起きたのかすら分からない。
「まずは情報を集める」
「はい」
「フィーナも、神から何か新しい啓示があったらすぐ知らせてくれ」
「分かりました」
リオンは部屋を出た。
王城へ戻ると、すぐにガルヴァンとゼルファを呼び出した。
「ある国の民が、全員消えた?」
話を聞いたガルヴァンが、珍しく目を見開いた。
「ああ」
「……何だそれ」
「俺に聞くなよ」
「いや、分かってるけどよ」
ガルヴァンは腕を組む。
「嫌な話だな」
「俺もそう思う」
ゼルファも難しい顔をしていた。
「しかも、神が『あり得ない魔法』と言ったのか?」
「ああ。さらに『神をも超える力』だそうだ」
「……それは、かなり厄介だな」
「だろ?」
リオンは椅子に座る。
「だから、日本にも協力を頼む」
「了解」
すぐに日本側へ連絡が入れられた。
『状況を確認しました。まず、消失した国の特定から始めます』
「頼む」
『ドローンによる航空写真、過去の地図、利用できる資料を照合します』
「できるだけ広い範囲で調べてくれ」
『分かりました』
共和国側でも調査隊を編成する。
各国へ情報を求める。
商人や冒険者から話を集める。
国境付近の村や町にも確認を出す。
そして精霊たちにも、周辺地域に異変がないか探してもらう。
できることは全部やる。
それしかなかった。
リオンは執務室の窓から外を見る。
街では、土ドラゴンの被害からの復旧作業が続いている。
人々は、ようやく普段の生活を取り戻し始めている。
「……またかよ」
小さく呟く。
ようやく一つ片付いたと思った。
なのに、また別の問題が出てきた。
しかも今度は、規模も正体も分からない。
「神を超える力、か……」
リオンは腕を組んだ。
「一体、何が起きてるんだ……」
誰も答えられない。
だからこそ、調べるしかない。
日本とガルリオン共和国。
二つの世界をまたぐ、前例のない調査が始まった。




