第370話 消えた龍脈
アレリーナは、土ドラゴンが倒れていた場所の上空をゆっくりと旋回していた。
その背に乗るリオンは、黙ったまま地上を見つめている。
ついさっきまで、そこには巨大な土ドラゴンの身体があった。
今はもうない。
残っているのは、崩れた土と、大きな山だけだった。
無線機から、小さな声が聞こえてくる。
『父さん……』
「ゼオン?」
『終わったよ』
リオンは少しだけ息を吐いた。
「……どうなった?」
返事がない。
ほんの数秒だったが、妙に長く感じた。
『土に還した』
「……そうか」
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
リオンは地上を見ながら、しばらく黙っていた。
討伐を決めたのは自分だ。
最後をゼオンに任せたのも自分だった。
だからこそ、簡単に「よくやった」と言う気にはなれなかった。
「ゼオン」
『うん』
「……ありがとう」
無線機の向こうで、少し間があった。
『……うん』
たったそれだけ。
けれどリオンには分かった。
ゼオンは、きっと今、泣いている。
声を聞けば、それくらいは分かる。
リオンは何も言わず、アレリーナの首元を軽く撫でた。
その時だった。
『リオンさん、こちら日本の担当官です』
「どうした?」
『龍脈について、確認したいことがあります』
「龍脈?」
『はい。先ほどまで観測できていた地下の魔力反応なんですが……』
無線機の向こうから、キーボードを叩く音が聞こえてくる。
『……おかしいですね』
「何が?」
『反応が消えました』
リオンの眉が動いた。
「……消えた?」
『はい。地下深くにあった魔力反応が、完全に確認できなくなっています』
「土ドラゴンが消えたからじゃないのか?」
『その可能性はあります。ただ……』
担当官が言葉を濁す。
『龍脈そのものが消えたように見えるんです』
「……」
リオンは、もう一度地上を見る。
土ドラゴンがいた場所。
そこには、ただ土の山が残っているだけだ。
「土ドラゴンは、ずっと龍脈を追っていたんだよな?」
『はい。これまでの観測では、その可能性が高いと考えていました』
「その龍脈が、土ドラゴンがいなくなった途端に消えた……」
『はい』
「……偶然じゃない気がするな」
『私たちも同じことを考えています』
リオンは腕を組んだ。
地下で何かが起きている。
そう考えるのが自然だった。
だが、何が起きているのかまでは分からない。
今すぐ地面を掘ったところで、どこまで調べられるかも分からない。
「そっちは、引き続き調べてくれ」
『了解しました。何か分かり次第、連絡します』
「頼む」
通信が終わる。
リオンは小さく息を吐いた。
気になることは増えた。
だが、それ以上に気になることがある。
「ゼオン」
『……なに?』
「今、どこにいる?」
『土ドラゴンがいたところ』
「そうか」
リオンはアレリーナを見る。
「アレリーナ。戻ろう」
『ええ』
アレリーナはゆっくりと高度を下げていく。
地上が近づくにつれて、土の山のそばに立つ小さな人影が見えてきた。
ゼオンだった。
リオンはアレリーナから降りる。
そして、何も言わずにゼオンのところまで歩いていった。
ゼオンは振り返らなかった。
ただ、土ドラゴンが消えた場所を見つめている。
リオンも、その隣に立った。
「……」
「……」
どちらも口を開かない。
リオンは何か言おうとした。
けれど、言葉が出てこなかった。
「大丈夫か」
そう聞くのも違う気がした。
「気にするな」
そんなことを言えるはずもない。
土ドラゴンは、誰かを憎んでいたわけではない。
ただ、前に進んでいただけだった。
それを止めた。
そして最後に、その命を終わらせたのはゼオンだ。
リオンは、自分が息子に背負わせてしまったものの重さを感じていた。
だから、無理に励ますことはしなかった。
ただ、ゼオンの肩にそっと手を置く。
「……今日は、一緒にいよう」
ゼオンはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……うん」
それだけだった。
リオンも、それ以上は何も言わなかった。
二人は並んで、土ドラゴンが還っていった土の山を見つめ続けた。
その一方で、地下深くではこれまで大地を流れていたはずの龍脈が、まるで最初から存在しなかったかのように、静かに消えていた。




