第368話 止めを刺す者
土煙が、少しずつ晴れていく。
リオンはアレリーナの背から、地上を見下ろしていた。
「……」
まだ、何かが動いている。
最初は土煙の揺れだと思った。
だが違う。
巨大な影が、ゆっくりと動いている。
「……まだ動いてる」
リオンの顔から血の気が引いた。
一度は止められたと思った。
これで終わったと思っていた。
だが、土ドラゴンは立ち上がろうとしている。
「このままじゃ……街まで行くぞ」
リオンは無線機を握りしめた。
「担当官!」
『はい!』
「残っているドローンを全部発進させてくれ!」
『了解!』
すぐに返事が返ってきた。
遠くの空から、次々と大型ドローンが飛んでくる。
リオンはその様子を見ながら、拳を握った。
本当なら、もうやりたくなかった。
一発目の攻撃だって、できれば使いたくなかった。
それでも止まらなかった。
だったら、次はどうする。
迷っている時間はない。
『リオン……』
アレリーナが隣から声を掛ける。
『本当に、やるの?』
「……ああ」
リオンはすぐにはアレリーナを見なかった。
「ここで止めないと……もっと大勢が巻き込まれる」
『分かってるわ』
アレリーナも、それ以上は言わなかった。
二人とも分かっている。
土ドラゴンは悪くない。
それでも、共和国を守るためには止めなければならない。
やがてドローンが土ドラゴンの上空へ到達した。
『目標を確認』
無線から声が聞こえる。
『投下準備完了』
リオンは土ドラゴンを見つめた。
巨大な身体。
今まで一度も、こちらに敵意を向けてこなかった。
ただ、前へ進んでいただけだった。
「……」
リオンは一瞬、言葉を失った。
そして、苦しそうに目を伏せる。
「……頼む」
誰に言ったのか、自分でも分からない。
「これで止まってくれ」
その言葉を最後に、リオンは顔を上げた。
「投下」
『了解』
ドローンから、次々とバンカーバスターが投下された。
直後、ズドンッ!
大地が大きく揺れた。
一発。
二発。
さらに続く。
ズドォンッ!
ズドンッ!
森全体が震える。
木々が揺れ、地面から土煙が吹き上がる。
『一発目、命中!』
『二発目、命中!』
『続いて投下します!』
無線から次々と報告が入る。
リオンは何も言わず、地上を見つめていた。
「……」
そして、最後の一発が落ちる。
大きな爆発音が響いた。
それから、しばらくの間。
何も聞こえなかった。
土煙だけが、ゆっくりと広がっている。
やがて巨大な土ドラゴンの身体が、ゆっくりと傾いた。
ズズ……。
その巨体が地面へ沈んでいく。
そして。
動かなくなった。
「……止まった」
リオンが呟いた。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
ようやく止まった。
それなのに、勝ったという気持ちはまったく湧いてこない。
リオンは拳を握った。
何度も話しかけた。
止まってくれと伝えた。
それでも、土ドラゴンは進み続けた。
だから討伐を決めた。
頭では分かっている。
これが必要だった。
共和国の人たちを守るためには、仕方なかった。
それでも胸の奥には、重たいものが残っていた。
『リオン』
アレリーナが心配そうに声を掛ける。
「……大丈夫だ」
リオンは答えた。
「これで……止まったんだから」
だが、自分でも分かっていた。
その声には、迷いが残っている。
アレリーナも、それ以上は何も言わなかった。
やがて地上から、数台の車両が近づいてきた。
ドワーフたちだった。
「王様!」
「土ドラゴンの状態を確認してくれ」
「分かりました!」
ドワーフたちが土ドラゴンへ近づいていく。
リオンもその様子を見下ろした。
完全に止まっている。
だが、土ドラゴンの身体はあまりにも巨大だ。
これで本当に終わったのか。
確認しなければならない。
「……」
リオンは一度、土ドラゴンを見る。
そして、重い口調で言った。
「最後の一撃を頼む」
ドワーフたちが頷いた。
「了解しました」
準備が始まる。
土ドラゴンを完全に止めるため、その身体の中心部を確認しようとする。
その時だった。
『父さん!』
無線機から、ゼオンの声が響いた。
「ゼオン?」
『僕に……止めをやらせて』
リオンは黙った。
「……」
しばらく返事ができなかった。
ゼオンの声は、少し震えていた。
『お願い』
リオンは目を閉じた。
ゼオンが何を考えているのか、分かる気がした。
精霊の王として何もできなかった。
龍脈を動かすこともできなかった。
土ドラゴンを止めることもできなかった。
だからこそ、最後だけは自分がやりたい。
そんな気持ちなのだろう。
「……ゼオン」
『うん』
「本当に、お前がやるのか?」
『うん』
少し間があった。
『僕がやりたい』
リオンはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくり息を吐く。
「……分かった」
無線の向こうで、ゼオンが小さく息を呑む。
リオンはドワーフたちを見る。
「作業を止めてくれ」
「え?」
「ゼオンに任せる」
ドワーフたちは顔を見合わせた。
だが、王の命令にすぐ頷く。
「分かりました」
リオンは無線機を握り直した。
「ゼオン」
『うん』
「無理はするな」
『分かってる』
「お前が無理だと思ったら、すぐにやめろ」
『……うん』
「約束だぞ」
少しだけ間があった。
『約束する』
リオンはその返事を聞いて、ようやく少しだけ表情を緩めた。
そして、アレリーナを見る。
「行こう」
『ええ』
アレリーナが翼を広げる。
二人はゆっくりと土ドラゴンへ向かって飛び立った。
その先には、動かなくなった巨大な土ドラゴン。
そして、その前で待っているゼオンの姿があった。
リオンは息子の姿を見つめながら、胸の奥で思う。
できれば。
こんな役目を、ゼオンにはさせたくなかった。
それでも今は息子自身が選んだ道を、見届けるしかなかった。




