第366話 ゼオンの苦悩
土ドラゴン討伐の準備が進んでいた。
日本側では兵器の準備。
共和国では避難経路の確認や警備の強化。
精霊の都市でも、土ドラゴンが近づいた場合に備えて対応が進められている。
やるべきことは、いくらでもあった。
それでも、リオンの頭から離れないことが一つあった。
神。
精霊たちですら判断できないほどの問題だ。
それなら、神であるヘリオスから何か言葉があってもおかしくない。
そう考えたリオンは、聖女フィーナのもとを訪れていた。
「フィーナ」
「はい、リオン様」
「神から、何か聞いてないか?」
フィーナは少し驚いたように目を瞬かせる。
「神から、ですか?」
「ああ。土ドラゴンのことだ」
フィーナは少し考えるように黙った。
だが、やがて困ったような表情で首を横に振った。
「……申し訳ありません」
「何もないのか?」
「はい」
フィーナは申し訳なさそうに答えた。
「今のところ、神からのお言葉は何もありません」
「本当に?」
「はい。本当に何も……」
リオンは黙り込んだ。
期待していたわけではない。
それでも、どこかで神なら何か知っているのではないかと思っていた。
「……そうか」
「リオン様?」
「いや」
リオンは小さく首を振った。
「分かった。変なことを聞いて悪かったな」
「いえ」
フィーナは首を横に振る。
「私も、何かお伝えできればよかったのですが……」
「フィーナのせいじゃない」
リオンは苦笑した。
「むしろ、答えてくれて助かった」
「はい……」
「ありがとう」
そう言って、リオンは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
フィーナはしばらく、その扉を見つめていた。
神が何も言わない。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
フィーナにも分からなかった。
ただ、今は祈ることしかできない。
フィーナは静かに手を組んだ。
「……どうか」
小さな声が部屋に響く。
「誰も傷つかない方法がありますように」
その祈りを聞く者は、誰もいなかった。
その頃。
精霊の都市では、ゼオンが必死になっていた。
「もう一回……!」
ゼオンの周囲には、精霊の女王と大量の精霊たちが集まっている。
地面には大きな魔法陣が描かれていた。
その中心には、龍脈の流れを示す光が浮かんでいる。
光は地下深くへ伸び、まるで巨大な川のように流れていた。
「ゼオン」
精霊の女王が声を掛ける。
「無理をしてはいけません」
「でも、時間がない!」
ゼオンは首を横に振った。
「土ドラゴンが来るまでに、何とかしないと……!」
ゼオンは地面に両手をついた。
魔力を集中させる。
周囲の精霊たちも力を貸す。
龍脈へ干渉するため、全員が慎重に魔力を流していく。
「……動いて」
龍脈を示す光が、わずかに揺れた。
「動いた!」
ゼオンが顔を上げる。
しかし、次の瞬間、光は元の位置へ戻った。
「……」
ゼオンの表情が固まる。
「もう一回!」
再び魔力を込める。
「動いて!」
光が揺れる。
だが、また戻ってしまう。
「なんで……」
ゼオンは歯を食いしばった。
龍脈はあまりにも巨大だった。
少しくらいなら動かせる。
しかし、土ドラゴンの進行方向を変えるほどの力を加えようとすると、まったく動かない。
「ゼオン、少し休みましょう」
女王が声を掛ける。
「まだだよ」
「ですが……」
「もう一回やる」
ゼオンは聞かなかった。
もう一度。
さらにもう一度。
龍脈を動かす。
流れを変える。
土ドラゴンが向かっている場所から、少しでも外す。
それだけでいい。
それができれば、土ドラゴンを傷つけなくても済むかもしれない。
父も苦しい決断をしなくて済む。
「……お願い」
ゼオンは必死に魔力を込めた。
「少しだけでいいから……」
光が強くなる。
地面が小さく震える。
それでも龍脈は動かなかった。
「……なんで」
ゼオンの声が小さくなる。
「なんで動かないの……」
もう一度、魔力を込める。
身体が少し震える。
それでも結果は変わらない。
「お願い……!」
ゼオンの目に涙が浮かんだ。
「動いてよ……!」
精霊たちも心配そうにゼオンを見つめている。
精霊の女王がそっと近づいた。
「ゼオン、もう十分です」
「嫌だ!」
ゼオンは涙を拭った。
「まだできる!」
「無理をすれば、あなた自身が傷つきます」
「そんなのどうでもいい!」
女王の言葉に、ゼオンが叫ぶ。
「僕が精霊の王なのに……!」
声が震えていた。
「なのに、こんなこともできない!」
女王は黙ってゼオンを見る。
ゼオンは拳を握った。
「父さんが困ってるのに……」
そこまで言ったところで、声が詰まった。
「父さんは……土ドラゴンを倒したくないんだ」
ゼオンは俯いた。
「でも、僕にも何もできない」
涙が頬を伝う。
「僕が何とかできれば……」
言葉が続かない。
そして、とうとう我慢できなくなった。
「できない……!」
ゼオンの声が精霊の都市に響いた。
「僕には……できないよ!」
周囲にいた精霊たちが静かになる。
誰も動かない。
誰も責めない。
ただ、泣いているゼオンを見つめていた。
精霊の女王は何も言わず、ゼオンのそばまで歩いていく。
そして、そっと抱き寄せた。
「……できなくてもいいのです」
「でも……」
「あなたが何でもできる必要はありません」
「……」
「あなたが精霊の王であることは、何も変わりません」
ゼオンは女王の胸元で首を横に振る。
「でも、父さんを助けたい……」
「その気持ちは、きっと伝わっています」
「……本当に?」
「ええ」
女王は優しく答えた。
「一人で背負わなくていいのですよ」
ゼオンはしばらく黙っていた。
そして、堪えていた涙をさらに流した。
「……うん」
女王は何も言わず、ゼオンが落ち着くまでそばにいた。
その間も、精霊たちは静かに二人を見守っていた。
だが、時間は待ってくれない。
遠く離れた場所では、土ドラゴンが変わらぬ速度で進んでいる。
『前進』
その言葉だけを繰り返しながら。
少しずつ。
確実に。
目的地へ近づいていた。
そして、討伐の日もまた、一歩ずつ近づいていた。




