第364話 苦渋の決断
ガルリオン共和国、王城。
会議室には、リオン、ゼオン、ガルヴァン、ゼルファ、アレリーナ、聖女のフィーナ。
そして、精霊の女王が集まっていた。
日本側との通信も繋がっている。
机の中央には、土ドラゴンの現在地と進行ルート。
その下には、これまでの調査で分かった龍脈の情報が表示されていた。
「こちらでも、ゼオン様たちとほぼ同じ結論になりました」
日本側の研究員が説明する。
「地下深くに、非常に強い魔力反応があります。ただ……現在の観測機器では、それが何なのかまでは特定できません」
「精霊側でも同じです」
精霊の女王が静かに続けた。
「古い精霊たちにも確認しましたが、あの場所の地下には、通常では考えられないほど強い魔力が集まっているようです」
「つまり……」
リオンは机の上の地図を見つめた。
「土ドラゴンは、その地下にある何かを目指している可能性が高い」
「うん」
ゼオンが頷く。
「僕も、そう思う」
会議室が静かになった、誰もすぐには口を開かなかった。
土ドラゴンの目的地については、ほぼ見えてきた。
だが、それが分かったからこそ、問題がはっきりした。
途中には、精霊の都市がある。
そして、その先にはガルリオン共和国がある。
土ドラゴンがこのまま進めば、精霊の都市も共和国も無事では済まない。
最悪の場合、土ドラゴンが目的地へ到着した瞬間に、地下の龍脈そのものに何かが起きる。
そうなれば、被害は想像もできない。
「……土ドラゴンを止める方法は?」リオンが尋ねた。
少しの沈黙のあと、アレリーナが答える。
「戦うしかないと思う」
「やっぱりか」
「道を変えさせようとしても、あの子は『前進』しか言わないもの」
「そうだな……」
リオンは椅子の背もたれに身体を預けた。
そして、もう一度地図を見る。
何度見ても、土ドラゴンの進行ルートは変わらない。
精霊の都市を通り、共和国を中央に走り、地下深くの何かへ向かっている。
「……あいつ、本当に何もしてないんだよな」
「そうだな」ゼルファが答える。「今のところ、誰かを襲ったという報告は無い」
「悪意も感じない」リオンは小さく息を吐いた。「ただ、自分の目的地に向かって歩いてるだけか……」
「うん」ゼオンも頷いた。「土ドラゴンは、僕たちを敵だと思ってないと思う」
その言葉を聞いて、リオンは黙り込んだ、分かっている、土ドラゴンは悪くない。
誰かを傷つけようとしているわけでもない。
ただ、そこへ行かなければならない理由があるのだろう。
それなのに、自分たちはそれを止めようとしている。
「……俺は、あいつを倒したくない」リオンがぽつりと言った。
誰に聞かせるつもりでもないような、小さな声だった。
ゼオンが父を見る、リオンはしばらく地図を見つめたまま動かなかった。
「でも……」
やがて、リオンはゆっくりと拳を握った。
「この国の人たちを守るのも、俺の仕事なんだよな」
ガルヴァンが静かに口を開く。
「リオン……」
「分かってる」
リオンは顔を上げた。
「土ドラゴンが悪くないことも分かってる」
一度、言葉を切る。
「だから余計に、嫌なんだよ」
その場にいた全員が黙った。
「悪い奴なら、迷わなくて済む。倒せばいいって言えるからな」
リオンは苦笑した。
「でも、何も悪いことをしていない相手を、こっちの都合で倒すんだろ?」
答える者はいなかった。
「……それでも」
リオンは地図に目を落とした。
「このまま進ませれば、精霊の都市も共和国も危ない」
そして、ゆっくり顔を上げる。
「王として、見過ごすわけにはいかない」
しばらく迷ったあと、リオンは重い声で告げた。
「土ドラゴンを討伐する」
その言葉が、静かな会議室に落ちた。
ゼオンが悲しそうに目を伏せる。
アレリーナも何も言わなかった。
精霊の女王も、ただ静かに頷く。
誰も反対しない。
それが必要なことだと、全員が分かっていた。
分かっているからこそ、余計に重かった。
リオンは椅子から立ち上がった。
「ただし、最初から殺すつもりでは行かない」
「はぁ?」ゼルファが顔を上げる。
「まずは止める」リオンははっきりと言った。「話が通じるなら、それで終わらせる。目的地を変えられるなら、それが一番いい」
「それでも進もうとしたら?」ガルヴァンが尋ねる。
リオンは答えようとして、口を閉じた。
その先を言葉にするのが、ひどく重い。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「……その時は、討伐する」
自分で決めたはずなのに、その言葉が胸に重く残った。
ゼオンが父の服の袖をそっと掴む。
「父さん……」
「大丈夫だ」
リオンはゼオンを見る。
そう言ったものの、自分でも本当に大丈夫なのかは分からなかった。
ただ、王として逃げることだけはできない。
守らなければならない人たちがいる。
リオンは窓の外へ視線を向けた。
遠くには、いつもと変わらない共和国の街並みが見える。
ここで暮らしている人たち。
家族を待っている人。
仕事をしている人。
普通に毎日を過ごしている人。
その人たちを守るためなら、自分が嫌な決断をしなければならないこともある。
「……できれば」
リオンは小さく呟いた。
「ただの勘違いだったってことになってくれればいいんだけどな」
誰も笑わなかった。
その願いが、ここにいる全員の願いでもあったからだ。
しかし、その願いとは裏腹に。
土ドラゴンは止まらない。
『前進』
ただ、それだけを繰り返しながら。
精霊の都市へ。
そして、ガルリオン共和国へ。
目的地へ向かって、確実に近づいていた。




