第357話 森の奥の巨大な亀
北部森林地帯のさらに奥。
人の手がほとんど入っていない森の上空を、アレリーナが飛んでいた。
その背中には、リオンとゼオンが乗っている。
下を見れば、木々がどこまでも続いている。
「……ずいぶん奥まで来たな。」リオンが周囲を見回す。
ここまで来ると、さすがに見慣れた森とは雰囲気が違った。
精霊の姿もほとんど見えない。
「ゼオン、反応はどうだ?」
「まだ先だよ。」
ゼオンは手にした調査道具を確認する。
「でも、魔力はかなり大きい。」
「どれくらいだ?」
「うーん……僕にもよく分からない。」
「そうか。」
リオンは少し考えた。
「とりあえず、慎重に行こう。」
「分かった。」
アレリーナが翼を大きく動かす。
『もう少し奥ね。』
「頼む。」
しばらく飛んでいると、ゼオンが突然顔を上げた。「父さん!」
「どうした?」
「近い!」
「本当か?」
ゼオンが頷いた、その直後だった、森の奥から、何かが動く音が聞こえてきた。
ズシン……。
ズシン……。
「……何だ?」リオンが地上を見下ろす。
木々が大きく揺れている。
『何かいるわ。』アレリーナも速度を落とした。
やがて、巨大な木々の隙間から、それが姿を現した。
『……亀?』アレリーナが呟く。
リオンも目を丸くした。「亀……だな。」
確かに亀だった、ただし、普通の亀ではない、巨大な甲羅、太い四本の足。
そして、頭だけでも大型の魔物ほどの大きさがある。
「……デカすぎるだろ。」思わずリオンの口からそんな言葉が漏れた。
ゼオンも驚いた顔で亀を見ている。「こんな大きな亀、初めて見た。」
「俺もだ。」
巨大な亀は、こちらに気付いたらしい、ゆっくりと頭を上げる。
そして、三人をじっと見つめた。
「……。」
「……。」
しばらくの間、誰も動かなかった、先に動いたのはリオンだった。
「アレリーナ、降りてくれ。」
『分かった。』
地面に降りると、リオンはゆっくりと巨大な亀へ近づいた。「おーい。」
「……。」反応はない。
「聞こえるか?」
巨大な亀はリオンを見ている。
「俺はリオンだ。敵じゃない。」
「……。」
「この森で妙な魔力が発生しているから、調べに来たんだ。」
少し間があった、そして、『……怖い。』
「……え?」リオンが固まった。
後ろにいたゼオンも首を傾げる。
「今、何て言った?」リオンはもう一度、聞きなおした。
『怖い。』
「……怖い?」
巨大な亀は、こくりと頷いた。
『怖い。』
リオンは困ったように頭を掻く。「何が怖いんだ?」
『怖い。』
「いや、それは分かった。」
リオンが少ししゃがみ込む。
「俺たちが怖いのか?」
『……怖い。』
「森の奥に何かいるのか?」
『……怖い。』
「魔物か?」
『怖い。』
「……。」リオンは後ろを振り返った。
ゼオンとアレリーナも困った顔をしている。
『この亀……。』アレリーナが小声で言う。
『『怖い』しか言わないわね。』
「うん……。」ゼオンも頷いた。
リオンはもう一度、質問してみる。
「俺たちが怖い?」
『怖い。』
「森の奥が怖い?」
『怖い。』
「魔物が怖い?」
『怖い。』
「……全部怖い?」
『……怖い。』
「…………。」リオンは黙り込んだ。
そして、ゼオンを見る。
「どうする?」
「僕に聞かれても……。」
アレリーナも首を傾げる。
『困ったわね。』
「だな。」
三人とも、完全に行き詰まっていた、せっかく巨大な魔力反応を追ってここまで来たのに、目の前の巨大な亀から得られた情報は『怖い。』それだけだった。
リオンはため息をつく。「ゼオン。」
「うん。」
「調査道具で、この辺りを調べられるか?」
「やってみる。」
ゼオンは道具を取り出した。
「ちょっと待ってね。」
「頼む。」
ゼオンが魔力を流し始める、すると、道具が淡く光った。
巨大な亀は、その様子をじっと見ている。「……。怖い。』
「……。」リオンは思わず亀を見る。「今のは何が怖かったんだ?」
『怖い。』
「……そうか。」もう聞くのを諦めかけた、そのときだった。
ゼオンが顔を上げる。「父さん。」
「どうした?」
「やっぱり、この辺りの魔力はおかしいよ。」
「何か分かったのか?」
「まだ分からない。でも……。」
ゼオンは森の奥を見る。「この亀が怖がってるものと、森の異変は関係してるかもしれない。」
リオンも森の奥へ視線を向けた、木々の向こうは暗く、何があるのか見えない。
「……なるほどな。」
巨大な魔力反応、森の異変。そして、何を聞いても「怖い」としか答えない巨大な亀。
情報は増えた。しかし、肝心の原因はまだ分からない。
リオンは小さく息を吐いた。「これは、もう少し奥まで行くしかなさそうだな。」
アレリーナが頷く。『そうね。』
ゼオンも道具を握り直した。「うん。」
その横で、巨大な亀が三人を見つめていた。『……怖い。』
「……。」三人はまた顔を見合わせる。
リオンが苦笑した。「……それはもう分かったよ。」
しかし、その「怖い」が何を意味しているのか。
森の奥に何が待っているのか、この時の三人には、まだ分からなかった。




