第355話 森の異変
世界樹の木の実騒動から、数日が経った。
北部森林地帯は、いつもと変わらない穏やかな日が続いていた……少なくとも、ゼオンはそう思っていた。
家の外で精霊たちと遊んでいると、突然、一匹の精霊が慌てた様子で飛んできた。
『ゼオン! 大変!』
「どうしたの?」
『森がおかしいの!』
「森が?」ゼオンが首を傾げる。
その精霊は、いつもなら遊びに夢中になっているような小さな精霊だ。
そんな精霊がここまで慌てている、ゼオンも少し不安になった。
「何がおかしいの?」
『分からない! でも、いつもと違うの!』
「いつもと違うって……。」
ゼオンが困っていると、今度は別の精霊が飛んできた。
『ゼオン様!』
「今度は何?」
『女王様から連絡です!』
「女王様から?」
精霊が頷く、すると淡い光がゼオンの目の前に集まり、精霊の女王の姿が映し出された。
『ゼオン。突然で申し訳ありません。』
「女王様、どうしたの?」
『北部森林地帯の一部で、精霊たちが妙な魔力を感じています。』
「妙な魔力?」
『はい。森そのものの魔力が、少し不安定になっているようなのです。』
ゼオンは少し考えた。「何か危ないものなの?」
『まだ分かりません。だからこそ、調べたいのです。』
「僕が?」
『ええ。精霊王であるあなたなら、森の魔力を直接感じ取れる可能性があります。』
ゼオンは森を見る、普段と変わらない木々。
鳥の声も聞こえる、特におかしなところは見当たらない。
「……分かった。」
『引き受けてくれますか?』
「うん。僕にできることならやってみるよ。」
『ありがとうございます。』
その返事を聞いた精霊の女王は、ほっとしたように微笑んだ。
それからしばらくして。
精霊の女王本人が、北部森林地帯までやって来た。
「女王様、これ何?」
ゼオンが興味深そうに見つめているのは、女王が持ってきた奇妙な道具だった。
小さな箱のような形をしているが、表面には細かな魔法陣が刻まれている。
『森の状態を調べるための道具です。』
「これで分かるの?」
『ゼオンが魔力を流せば、周囲の森に異常があるか探知できます。』
「へえ……。」
ゼオンは道具を受け取った、その横にはリオンとリゼもいる。
リオンは少し心配そうな顔をしていた。
「ゼオン、無理はするなよ。」
「うん。」
「何か変だと思ったら、すぐにやめるんだ。」
「分かってるよ、父さん。」
リゼもゼオンの顔を覗き込む。
「焦らなくていいからね。」
「うん、母さん。」
ゼオンは二人に笑ってから、道具へ向き直った。
「じゃあ、やってみる。」
両手で道具を持ち、目を閉じる、そして、ゆっくりと魔力を流し始めた。
最初は何も起こらなかった。
「……。」「……。」
リオンたちも黙って見守る、やがて道具が淡く光り始めた。
「おお……。」
リオンが思わず声を漏らす、光は少しずつ強くなっていく。
すると、道具の表面に光の線が浮かび上がった。
それはまるで、北部森林地帯の地図だった、森のあちこちが緑色に輝いている。
ゼオンは目を開けた。「すごい……。」
「森の魔力が表示されているのか?」リオンが尋ねる。
『そのようです。』精霊の女王も地図を覗き込む。
「ここは普通で……こっちも問題ない。」
ゼオンが一つずつ確認していく。
「……あれ?」ゼオンの指が止まった。
地図の一部分だけ、周囲とは違う色になっている。
「ここだけ、おかしい。」
精霊の女王の表情が変わった。
『……やはり、そこですか。』
「何かあるの?」
『まだ分かりません。ただ、その場所から妙な魔力が流れているようです。』
リオンも地図を覗き込む。
「どの辺りだ?」
『北部森林地帯の、かなり奥です。』
「……また森の奥か。」
リオンが嫌そうな顔をした、以前、ラミたちが勝手に森の奥へ入り込んで、大騒ぎになったことを思い出したのだ。
「ゼオン。」
「何?」
「今回は絶対に一人で勝手に先へ行くなよ。」
「分かってるって。」
「本当か?」
「本当。」
「……ならいい。」
リゼが二人のやり取りを見て、思わず笑う。「リオン、心配しすぎじゃない?」
「前に何があったか覚えてるだろ。」
「ああ……。」リゼも苦笑した。
そのときだった。ピカッ!「えっ?」突然、道具の光が大きく揺れた。
地図の中央に表示されていた異常地点が、一瞬だけ赤く染まる。
「今の……何?」
ゼオンが驚いて道具を見る、精霊の女王も表情を変えた。
『……今、赤くなりましたね。』
「うん。」
ゼオンはもう一度確認する、しかし、赤い光はすぐに消えた。
「もう戻った。」
『一体、何が……。』女王も困惑している。
リオンはしばらく地図を眺めていたが、やがて口を開いた。
「ここまで来たら、実際に見に行くしかないな。」
「父さんも行く?」
「ああ。何があるか分からないからな。」
ゼオンは少しだけ緊張した顔で森の奥を見る。
さっきまで何とも思わなかった森が、今は妙に静かに感じられた。
「……何があるんだろう。」
リオンがゼオンの肩に手を置く。
「行ってみれば分かる。」
「うん。」
こうして、ゼオンたちは北部森林地帯の奥へ向かうことになった。
ただの魔力の乱れなのか。
それとも、森の中で何かが起きているのか。
まだ誰にも分からない。
けれどその異変は、確かに少しずつ大きくなり始めていた。




