閑話 精霊の女王の独り言
精霊の都市。
世界樹の根元にある、精霊の女王の居室。
その部屋で、精霊の女王は一人、椅子に座っていた。
「……はぁ」今日何度目か分からないため息が漏れる。
手にしているのは、一枚の報告書。
そこに書かれている内容を、女王はもう何度も読み返していた。
「精霊王が……生まれた」
それは、精霊たちにとって大きな出来事だった。
精霊王。
精霊たちを束ねる、特別な存在、長い間、その姿を現さなかった精霊王が、ついに生まれたのだ。
その知らせを聞いたとき、女王の胸は高鳴った。「どんな方なのかしら……」
強い方なのだろうか、賢い方なのだろうか。
精霊たちを導いてくれる、立派な方なのだろうか。
それとも、意外と気さくな方なのだろうか。
いろいろな想像をしながら、女王は精霊王との出会いを心待ちにしていた。
「精霊王様がどこにいるのか、調べてきてください」
『はーい!』
元気よく返事をした精霊たちが、あちこちへ飛んでいった。
これで安心、女王はそう思っていた。
数日後。
「それで?」
『森にいると思います!』
「……どこの森ですか?」
『北の方です!』
「北の……どこですか?」
『えーっと……』
「…………」女王は笑顔のまま固まった。
別の日。
「精霊王様の様子はどうでした?」
『元気でした!』
「それは良かったです。何をしていました?」
『遊んでました!』
「誰と?」
『子供たちです!』
「どこで?」
『森です!』
「…………」情報が少なすぎる、女王は頭を抱えた。
さらに別の日。
「精霊王様に会える場所は分かりましたか?」
『分かりません!』
「なぜですか!」
『途中で綺麗な花を見つけたので、みんなで遊んでました!』
「…………」女王はゆっくりと額を押さえた。「あなたたち……」
精霊たちは悪びれる様子もない。
『だって、本当に綺麗な花だったんですよ!』
『蜜も美味しかったです!』
『蝶々もいました!』
「…………」女王は何も言えなくなった。
精霊たちは自由だ、とても自由だ、自由すぎる。
何しろ、精霊たちにとっては、精霊王を探すことより綺麗な花や美味しい蜜の方が重要らしい。
「私はずっと待っているのに……」
女王は椅子の背もたれに体を預ける。
「精霊王様が生まれたと聞いて、どれほど楽しみにしていたと思っているんですか……」
もちろん、聞いてくれる相手はいない、部屋には女王一人。
それでも、溜まっていたものがあるのだろう。
「そもそも、どうして誰もちゃんと案内できないのですか……」
すると、外から精霊たちの声が聞こえてきた。
『女王様ー!』
「何ですか?」
『世界樹のところに行ってきます!』
「そうですか」女王は少しだけ安心した。
そして、ふと思い出す。
「……待ってください」
『はい?』
「精霊王様は?」
『分かりません!』
「…………」女王は目を閉じた、そして、ゆっくり息を吐く。「……もういいです」
『はーい!』
精霊たちは元気よく飛び去っていった、部屋が静かになる、女王はしばらく黙っていた。「…………」
やがて、ぽつりと呟く。
「……私が直接探しに行けばいいのでは?」
自分で言ってから、女王は考え込む。
「でも……突然押しかけるのも失礼ですし」
精霊王とはいえ、まだ幼い可能性もある。
いきなり女王が訪ねていけば、驚かせてしまうかもしれない。
「……でも、会いたい」
女王は机に頬杖をついた。
「精霊王様……どんな方なのでしょう」
期待、不安、少しの緊張。
そして、なかなか会えないことへの寂しさ、いろいろな感情が入り混じる。
「せめて……」女王は小さく呟いた。「居場所くらい教えてください……」また、ため息が漏れた。
その頃。
精霊の都市から、それほど遠くない北部森林地帯。
「ラミ、こっち!」
「待ってよ、ゼオン!」
ゼオンは家族や精霊たちと一緒に、楽しそうに森の中を走り回っていた。
『ゼオン、こっちにも花があるよ!』
「本当?」
『見に行こう!』
「うん!」
楽しそうな笑い声が森に響く。
精霊の女王が一生懸命探している精霊王は実は、そんなに遠くにはいなかった。
ただ、本人には自分がどれほど大騒ぎになっているのか知る由もない。
そして、女王もまだ知らない。
自分がずっと探している精霊王が、思っていたよりずっと普通の少年だということを。
「……本当に、どこにいるのでしょう」
世界樹の下、今日も女王の独り言だけが、静かに響いていた。




