第348話 世界樹の葉と木の実
世界樹の前で一騒動が起きた、その日のこと。
ゼオンたちが帰る準備をしている横で、リオンは地面に落ちている葉っぱと木の実を拾い上げていた。
「これ、少しもらってもいいか?」
精霊の女王へ尋ねる。
「もちろんです。世界樹の恵みですから」
「じゃあ、少しだけ」
リオンは落ちていた葉を数枚。
そして、手頃な大きさの木の実をいくつか拾った。
ゼオンが横から覗き込む。
「父さん、それ何に使うの?」
「分からない」
「分からないのに持って帰るの?」
「珍しいものだからな」
「……それ、理由になってる?」
ゼオンが首を傾げる。
リゼは思わず笑った。
「リオンらしいわね」
「こういう珍しいものは、とりあえず調べてみる価値があるだろ」
「また研究?」
「もちろん」
リオンは当然のように答え、葉と木の実を袋へ丁寧にしまった。
「何か面白い性質が見つかるかもしれないからな」
ゼオンは父親の袋を見つめる。
「……食べたりしないよね?」
「食べるわけないだろ」
「ならいいけど」
そんな会話をしながら、一行は精霊の都市を後にした。
翌日。
王都の議会では、いつものように国の仕事が進められていた。
税収についての報告。
鉄道の整備計画。
各都市からの陳情。
議員たちが資料を手に議論を続ける中、リオンは執務机の片隅に透明な容器を置いていた。
中に入っているのは、昨日持ち帰った世界樹の葉と木の実だった。
「せっかくだし、しばらく飾っておくか」
特に深い意味はない。
ただ、せっかくの記念品なのだから、少しくらい眺めていてもいいだろう。
見た目だけなら、普通の葉っぱと木の実にしか見えない。
しかし――。
「……陛下」
「ん?」
近くで書類を整理していた魔法使いの貴族が、容器に気づいた。
そして、一瞬で動きを止めた。
「…………」
「どうした?」
貴族は容器へ近づく。
顔を近づけ、じっと中身を見る。
「……これは?」
「ああ、それか」
リオンは何気なく答えた。
「世界樹の葉と木の実だ」
「…………」
貴族の顔から、すっと血の気が引いた。
「……え?」
リオンが振り返る。
「どうした?」
貴族は震える指で容器を指差した。
「せ、世界樹の……葉?」
「そう」
「こちらの木の実も……?」
「それも世界樹のものだ」
「…………」
貴族はしばらく固まっていた。
やがて――。
「本物ですか!?」
「声が大きい!」
突然の大声に、議会中の人間が一斉に振り返った。
「何事だ?」
「事件か?」
「何かあったのか?」
ざわざわと騒がしくなる。
貴族はそんな周囲の反応など気にする余裕もなく、容器を見つめていた。
「陛下……これ、本当に世界樹の葉なんですか?」
「だからそう言ってるだろ」
「……」
貴族は頭を抱えた。
「陛下……これは、とんでもないものですよ」
「そんなに?」
「そんなに、です!」
その声に、周囲の議員たちも興味を持ち始める。
「世界樹って、あの精霊族の?」
「そうだ」
貴族は興奮気味に説明する。
「世界樹は精霊族にとって、最も神聖な存在の一つです。その葉や木の実など、普通の人間が手に入れられるものではありません!」
リオンは改めて容器の中を見る。
「……でも、落ちてたぞ?」
「それは陛下だからです!」
「俺だから?」
「はい!」
貴族は思わず力を込めて答えた。
「世界樹そのものから直接いただいたのと同じようなものですよ!」
「なるほど……」
リオンは少しだけ感心した。
そして――。
「じゃあ、研究材料としてはかなり価値がありそうだな」
「研究材料!?」
貴族が絶句する。
「陛下!」
「なんだ?」
「これは、そんな気軽に研究所へ持っていくようなものではありません!」
「そうなのか?」
「そうです!」
貴族は必死だった。
「世界樹の葉には非常に強い魔力が宿っていると言われています。木の実も同様です。どんな性質を持っているのか、ほとんど分かっていないんですよ!」
「だからこそ調べる価値があるんじゃないか」
「……」
貴族は言葉を失った。
どうやら、この王には「貴重だから研究するな」という理屈が通じないらしい。
むしろ――。
貴重だからこそ研究したくなる。
それがリオンという男だった。
議会にいた者たちも、いつの間にか容器の周囲へ集まっていた。
「これが世界樹の葉か……」
「初めて見た」
「本当に普通の葉にしか見えないな」
「でも、魔力を感じるぞ」
さっきまで誰にも気にされていなかった葉っぱが、突然、議会最大の注目を集めている。
リオンは腕を組み、少し考えた。
「……なるほど」
そして、昨日のことを思い出す。
ゼオンが世界樹へ魔力を注いだ。
すると世界樹は大量の葉と木の実を落とした。
「ゼオンが世界樹に魔力を注いだ結果が、これか」
リオンは容器の中の葉を眺める。
「……面白いな」
その目が、研究者の目に変わっていく。
それを見たリゼがいたら、きっとこう言っただろう。
「また始まったわね」
その日の議会では、本来予定されていた議題がいくつもあった。
鉄道整備について。
各国との交易について。
税制について。
しかし。
「世界樹の葉についてですが」
「まず魔力濃度を測るべきでは?」
「木の実の内部構造も調べたい」
「保存方法を決める必要があります」
気がつけば、議員たちは世界樹の葉と木の実について真剣に議論していた。
予定していた議題より、はるかに長い時間を使って。
リオンはそんな様子を眺めながら、少しだけ笑った。
「……持って帰ってきて正解だったな」
机の上には、ただの葉っぱにしか見えない世界樹の葉。
だが、それを見つめる議員たちの目は、もうただの葉っぱを見る目ではなかった。
世界樹の恵み。
それがガルリオン共和国に、新たな研究と可能性をもたらそうとしていた。




