閑話 ゼルファ、父になる
王都の朝。
魔導研究所で図面と向き合っていたゼルファのもとへ、一人の職員が慌てて飛び込んできた。
「所長!」
「どうした? 研究所が爆発したか?」
「違います!」
「なら、新型魔導炉が暴走したか?」
「違います!」
職員は息を整えると、笑顔で叫んだ。
「ミレナさんが産気づきました!」
「……え?」
その一言で、ゼルファの頭は真っ白になった。
「え?」
「え?」
数秒間固まったあと、ようやく我に返る。
「そ、そうだったぁぁぁ!」
椅子を倒しながら立ち上がる。
「馬車だ! いや、魔導列車!? 違う! 病院!」
普段は冷静な天才研究者とは思えない慌てぶりだった。
研究員たちは思わず笑ってしまう。
「所長、落ち着いてください!」
「落ち着いていられるか!」
ゼルファは全力で病院へ駆け出した。
◇◇◇
数時間後。
病院の前では、リオンたちも到着していた。
「まだか。」
落ち着かない様子で歩き回るゼルファを見て、リオンは苦笑する。
「お前でもそんな顔をするんだな。」
「当たり前だ!」
ゼルファは頭を抱えた。
「魔導具なら何でも作れる。でも子供を産む手伝いはできない!」
「だから待つしかない。」
リオンは肩を叩く。
「父親なんて、そんなものだ。」
ゼルファは小さく頷いた。
◇◇◇
やがて部屋の扉が開く。
「おめでとうございます。」
助産師が優しく微笑んだ。
「元気な女の子ですよ。」
一瞬、ゼルファは言葉を失う。
「……本当に?」
「はい。」
部屋へ入ると、ベッドの上では疲れた表情のミレナが、それでも幸せそうに赤ん坊を抱いていた。
「お疲れ様。」
ゼルファが震える声で言う。
ミレナは優しく笑った。
「あなた、お父さんになったわよ。」
そっと腕の中の赤ん坊を渡される。
小さな命。
温かく、柔らかい。
その寝顔を見つめた瞬間、ゼルファの目から涙がこぼれた。
「……かわいい。」
それしか言葉が出なかった。
◇◇◇
外で待っていたリオンたちも赤ん坊と対面する。
「おめでとう。」
リオンが笑顔で手を差し出す。
ゼルファは照れくさそうに握手を返した。
「ありがとう。」
リゼとルナも赤ん坊を覗き込み、優しく微笑む。
「かわいいですね。」
「将来が楽しみです。」
ラミは興味津々だった。
「赤ちゃん、小さい!」
ゼオンとリオナも顔を見合わせて笑う。
アレンは不思議そうに首を傾げていた。
その様子に病室は優しい笑いに包まれる。
◇◇◇
その日の夕方。
病院を出る前、リオンはゼルファに声を掛けた。
「研究も大事だ。」
「でも、それ以上に家族を大切にしろ。」
ゼルファは赤ん坊を見つめながら静かに頷く。
「ああ。」
「これからは父親としても頑張る。」
魔導具一筋だった男は、この日、新しい夢を手に入れた。
それは世界を変える発明ではなく、一人の父親として、小さな命の成長を見守ることだった。




