第340話 突然の求婚
北部森林地帯の奥深く。
リオンたちは子どもたちの姿を探し、木々の間を駆け抜けていた。
「ラミ!」
「ゼオン!」
「リオナ!」
「アレン!」
何度呼びかけても返事はない。
森には風が木々を揺らす音だけが響いていた。
リゼは不安そうに辺りを見回し、小さく唇を噛む。
「どこへ行ったの……」
ルナも両手を胸の前で組み、祈るように目を閉じた。
「お願い……みんな無事でいて……」
アレリーナは時折空を見上げ、親子で繋がるアレンの気配を必死に探っている。
「気配が遠い……でも、まだ生きてる」
その言葉だけが、今の彼らの支えだった。
先頭を走るリオンは一度も足を止めない。
焦りはあった。
だが、それ以上に父親として冷静であろうとしていた。
「まだ遠くへは行っていないはずだ。諦めるな」
そのときだった。
森の奥から一匹の小さな精霊が、慌てた様子で飛んできた。
『リオン!』
リオンはすぐに足を止める。
「いたのか!」
『見つけたよ!』
その一言で、その場の空気が変わった。
「本当か!」
『みんな無事!』
リオンは張り詰めていた肩の力を抜き、大きく息を吐く。
「……そうか」
短い言葉だったが、心の底から安堵しているのが伝わってきた。
リゼは目元を押さえ、小さく笑う。
「よかった……本当によかった……」
ルナも胸をなで下ろし、アレリーナは安心したように空を見上げた。
「アレンも無事なんだね」
しかし、精霊はどこか困ったような表情を浮かべている。
『でもね……』
リオンの表情が再び引き締まる。
「どうした?」
『みんな、精霊の都市にいるの』
「……精霊の都市?」
その名にリオンは目を見開いた。
隣でアレリーナも驚く。
「そんな場所まで迷い込んだの?」
精霊は何度も頷く。
『それでね……』
少し言いづらそうに続けた。
『ゼオンがね』
「ゼオンが?」
『精霊の女王様に求婚された!』
森が静まり返った。
「…………」
リオンの表情から笑みが消える。
リゼも瞬きを忘れたように固まっていた。
「……え?」
精霊は悪気なく続ける。
『結婚してくださいって言われたの!』
ピキッ。
そんな音が、本当に聞こえた気がした。
リオンの額に一本、青筋が浮かぶ。
「……今、何て言った?」
その声は驚くほど静かだった。
静かだからこそ、余計に怖い。
リゼも穏やかな笑みを浮かべている。
「ゼオンは……まだ子どもですよ?」
笑顔のままなのに、周囲の空気だけが一気に冷え込んでいく。
近くを飛んでいた精霊たちが思わず距離を取るほどだった。
ルナはそんな二人を見比べ、小さく苦笑する。
「……完全に怒ってますね」
アレリーナも苦笑いを浮かべ、一歩だけ後ろへ下がる。
「しかも、かなり怒ってる」
リオンは静かに腰の剣へ手を添え、リゼに剣を渡した、リオンは銃を構えた。
「案内してくれ」
精霊は首を傾げる。
『リオン、怒ってる?』
「怒ってない」
間髪入れずに返ってきた。
その横でリゼもにこりと微笑む。
「ええ。まったく怒っていませんよ」
二人とも笑っている。
なのに、誰一人としてその言葉を信じなかった。
ルナは思わず額を押さえる。
「……その言い方が一番怖いんですけど」
アレリーナも小さくため息をついた。
「女王様……無事だといいけど」
精霊だけはそんな空気にまったく気付かない。
『じゃあ、こっち!』
元気いっぱいに光を放ちながら森の奥へ飛んでいく。
リオンたちは無言のまま、その後を追った。
その背中から漂う静かな威圧感に、森の魔物たちは気配を察したのか、一匹残らず姿を消していた。
一方その頃。
精霊の都市では、事情をまったく知らないゼオンが精霊たちに囲まれ、困ったように笑っていた。
「えっと……だから、こんやくって何?」
その純粋な疑問に、精霊たちは楽しそうに笑い声を上げる。
誰もまだ知らない。
数分後、この都に「息子を溺愛する父」と「優しい笑顔で怒る母」がやって来ることを。




