第339話 精霊の都市
大型魔物から逃れるため、ラミたちは森の中をひたすら走り続けていた。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしたリオナがふらつくと、隣を走るゼオンがその手をぎゅっと握る。
「もう少しだから!頑張って!」
「う、うん……!」
励まされ、リオナも必死に足を動かした。
少し前を飛ぶアレンは黒龍の姿になり、何度も後ろを振り返っている。
「がおっ!」
追ってくる気配はない、どうやら大型魔物は追跡を諦めたようだった。
ようやく安心した四人は、大きな木の根元までたどり着き、その場に腰を下ろす。
「た、助かったぁ……」
ラミはそのまま地面へ寝転がり、大きく息を吐いた。
「もう走れない……」
誰もが同じ気持ちだった。
そのときだった、ふわり、と目の前の空気が揺れる。
「……え?」
森だと思っていた景色が、水面のようにゆらゆらと波打ち始めた。
淡い光が木々の間からあふれ出し、巨大な結界がゆっくりと姿を現していく。
やがて光が消えると「すごい……」リオナが思わず息を呑んだ。
そこには、今まで見たこともない幻想的な街が広がっていた。
巨大な樹木と一体になった家々、色とりどりの光を放ちながら舞う無数の精霊。
虹色に輝く泉、風に揺れる花々まで淡く光っている。
まるで物語の中へ迷い込んでしまったような光景だった。
「ここ……何?」
ラミは目を丸くしながら辺りを見回す、その瞬間、小さな光の粒が次々と集まり始めた。
『人間だ!』
『子どもたちが来た!』
『黒龍もいるよ!』
姿を現した精霊たちは、興味津々といった様子で四人の周りを飛び回る。
突然囲まれたリオナは少し驚きながらも、小さく微笑んだ。「こ、こんにちは」
その一言に、精霊たちは嬉しそうにはしゃぎ始める。
『あいさつした!』
『かわいい子!』
『いい子だね!』
あちこちから笑い声が響き、街全体が歓迎してくれているようだった。
その時、街の奥から静かな足音が聞こえてくる。
精霊たちは一斉に動きを止め、道を開けた。
風にささやくように聞こえてくる。
『女王様』『女王様』『女王様』
現れたのは、一人の女性だった、金色の長い髪を風になびかせ、透き通るような美しい瞳を持つ。
その佇まいだけで、この街を治める存在なのだと分かるほどの気品があった。
彼女は穏やかな笑みを浮かべ、子どもたちへ優しく語りかける。
「ようこそ。精霊の都へ。」
その声は春風のように穏やかだった、ラミたちは慌てて頭を下げる。
「こんにちは!」
女王は微笑みながら、一人ずつ顔を見る。
ラミ、リオナ、アレン、そして、ゼオンの前で足を止めた。
女王の表情が変わる、目を大きく見開き、小さく息を呑んだ。「……そんな」
信じられないものを見るような目だった、周囲の精霊たちもざわめき始める。
『見つかった……』
『運命の子……』
『女王様が待ち続けた方……』
意味の分からない言葉が飛び交う、ゼオンはきょとんと首を傾げた。「ぼく?」
次の瞬間だった。
精霊の女王は、ゼオンの前へ静かに膝をついた。「お願いがあります。」
「は、はい?」
真っ直ぐ見つめられ、ゼオンは戸惑う。
女王は一度だけ深呼吸し、決意を込めて口を開いた。
「どうか……私と婚約してください。」
時間が止まった。
「…………え?」ゼオンは口を開けたまま固まる。
隣にいたラミも目を丸くした。
「ええええぇぇぇっ!?」
リオナは状況が理解できず、目をぱちぱちさせている。
「えっと……どういうこと?」
アレンだけは首を傾げながら一声鳴いた。「がお?」
そんな子どもたちとは対照的に、精霊たちは大騒ぎだった。
『女王様が求婚した!』
『運命の出会いだ!』
『祝宴の準備を!』
『花を飾れー!』
あっという間に街中がお祭り騒ぎになる。
一方、その中心にいるゼオンだけは顔を真っ赤にして固まっていた。
「こ、こんやくって……なに?」
あまりにも純粋な一言だった。
ラミはとうとう吹き出してしまう。
「あはははは!」
リオナもつられて笑い始め、アレンは訳も分からず尻尾を振っていた。
こうして、静かで神秘的だった精霊の都は、一人の少年への突然の求婚によって、かつてないほどの大騒ぎへと変わっていくのだった。




