第334話 二つの結婚式
午後の執務室。
机いっぱいに積まれた書類へ判を押していたリオンのもとへ、一人の研究所職員が慌てた様子で飛び込んできた。
「陛下! ゼルファ所長がお呼びです!」
リオンは手を止め、ゆっくり顔を上げる。
「……また研究所を爆発させたのか?」
職員は慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 今回は違います!」
「今回は、か……」思わずため息が漏れる。
「じゃあ何だ?」
「詳しくは直接お話ししたいとのことで……」
爆発ではないと聞いて少し安心したものの、嫌な予感は消えなかった。
「分かった。行こう」
書類を片付け、リオンは研究所へ向かった。
研究所の所長室では、ゼルファが落ち着かない様子で椅子に座っていた。
隣には助手のミレナが、うつむき加減で立っている。
二人ともどこか緊張した表情だった。
「それで?」リオンが椅子に腰を下ろす。
「何かあったのか?」
ゼルファは頭をかきながら苦笑した。
「その……俺たちに子どもができた」
一瞬、部屋が静まり返る。
リオンは二人の顔を見比べると、小さく笑った。
「そうか」
そして、短く続ける。
「責任は取るんだろ?」
「ああ」迷いのない返事だった。
ゼルファはミレナの前へ歩み寄る。
「研究ばかりで、迷惑もたくさんかけると思う」
一度言葉を切り、真っすぐ彼女を見つめた。
「それでも、これから先もずっと一緒にいてほしい」
深く息を吸う。
「俺と結婚してくれ」
ミレナの目に涙が浮かぶ。
「……はい」
小さく頷いたその笑顔は、誰よりも幸せそうだった。
部屋のあちこちから自然と拍手が起こる。
「おめでとう!」
「お幸せに!」
祝福の声に包まれ、二人は照れくさそうに笑い合った。
その知らせはすぐに王城にも届いた、リゼとルナは大喜びで準備を始める。
「せっかくですから、盛大にお祝いしましょう!」
「絶対に思い出に残る式にしたいですね」
教会は色とりどりの花で飾られ、日本からも祝いの品が次々と届いた。
さらに、日本から腕のいい美容師まで招かれることになる。
「では、お任せください」
数時間後、鏡を見たゼルファは思わず固まった。
「……誰だ、これ」
ぼさぼさだった髪はきれいに整えられ、伸び放題だった髭もすっきり剃られている。
研究一筋の学者ではなく、一人の立派な新郎がそこにいた。
リオンは思わず吹き出す。
「意外と格好いいじゃないか」
「自分でも驚いてるよ」照れ笑いを浮かべるゼルファに、周囲も笑顔になる。
結婚式当日。
教会には研究所の仲間や王国の人々、日本から来た技術者たちまで、多くの人が集まっていた。
純白のドレスに身を包んだミレナは、少し緊張しながらも幸せそうに微笑んでいる。
祭壇の前で二人は誓いの言葉を交わし、永遠の愛を誓った。
大きな拍手が教会いっぱいに響く、リオンも笑顔で二人を見つめた。
「幸せになれよ」
その一言に、ゼルファは照れくさそうに笑いながら頷いた。
式が終わり、帰り道。
アレリーナがそっとリオンの袖をつまむ。
「……リオン」
「どうした?」
少しだけ恥ずかしそうに目を伏せながら、小さな声で言った。
「私も……結婚式、したい」
リオンは少し驚いたが、すぐに優しく笑う。
「そうだな」
アレリーナは派手なことが苦手だ、それはリオンが一番よく知っていた。
「豪華じゃなくていい」
「うん」
「俺たちらしい式をしよう」
数日後。
場所は北部の森、精霊たちが集めた花で、小さな祭壇が作られていた。
参列したのはリゼ、ルナ、ラミ、ゼオン、アレン、そして精霊たちだけ。
森を渡る風が優しく木々を揺らし、小鳥のさえずりが静かに響く。
リオンは花冠を手に取り、アレリーナの頭へそっと乗せた。
「これからもよろしく」
アレリーナは少し照れながら微笑む。
「……うん。よろしく」
二人は静かに見つめ合い、そっと唇を重ねた。
豪華な式ではない、大勢の来賓もいない。
それでも二人にとっては、何より大切な時間だった。
ラミたちの拍手が響き、精霊たちは花びらを舞わせながら祝福する。
その光景を見つめながら、リゼは穏やかに微笑んだ。
「本当に、この家族らしい結婚式ですね」
ルナも静かに頷く。
「ええ。きっと二人にとって、一番幸せな形なんでしょう」
森には、いつまでも温かな笑い声が響いていた。




