第333話 魔導研究所の始まり
クマ神様騒動からしばらくが過ぎ、ガルリオン共和国には穏やかな日常が戻っていた。
王城の執務室では、リオンがゼルファや日本側の担当者、国内の職人や魔導士たちを前に口を開く。
「戦争が終わっても、国づくりは終わらない」
集まった全員が自然と顔を上げた。
「戦う力は必要だ。でも、それだけじゃ国は豊かにならない」
そう言って机の上に広げたのは、一枚の計画書だった。
「これからは、人の暮らしを便利にする魔導具を作っていく。そのための研究所を造る」
その一言が、新たな国家事業の始まりとなった。
数日後、王都郊外。
広大な敷地に、一棟の大きな建物が完成する。
入口には堂々とした文字が刻まれていた。
『ガルリオン共和国・日本共同魔導研究所』
研究所には共和国の魔導士だけでなく、日本から派遣された技術者たちも集まっていた。
所長を任されたゼルファは、真新しい研究室を見回しながら目を輝かせる。
「まさか俺専用の研究所ができるなんてな」
「専用じゃない」リオンが苦笑する。
「国のための研究所だ」
「細かいことは気にするな」ゼルファは笑いながら机を軽く叩いた。
「好きなだけ研究していいんだろ?」
「ああ。ただし、爆発だけは控えてくれ」
「善処する」
「その返事が一番信用できないんだが」
研究員たちから小さな笑いが漏れた。
最初に動き始めたのは、物流を変えるための計画だった。
ゼルファが大きな設計図を広げる。
「見ろ。魔導列車だ」
魔石を動力源とし、線路の上を走る大型車両の構想が描かれている。
「馬車より速く、大量の荷物を運べる。王都と地方都市を結べば、人も物も今までとは比べものにならない速度で動く」
日本側の技術者も図面を見ながら頷いた。「線路の設計や車輪の技術はこちらで協力します」
リオンは図面を見つめながら静かに言う。「物流が変われば、国そのものが変わる」
共和国初の魔導列車計画が、こうして動き始めた。
別の研究室では、白い箱型の魔導具が試験運転をしていた。
扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出す。
「冷却魔法を応用した魔導冷蔵庫です」
説明を聞いたリオンは箱の中を覗き込んだ。
「これなら肉や魚も長持ちするな」
「保存できる食料が増えれば、飢えに苦しむ人も減ります」
研究員の言葉にリオンは満足そうに頷いた。
隣では、別の試作品が音を立てて回転している。
「今度は何だ?」
「洗濯板の代わりになる魔導洗濯機です」
水魔法と回転術式を組み合わせると、汚れた布が見る間にきれいになっていく。
見学に来ていたリゼが思わず声を上げた。「これは便利ですね」
ルナも感心したように微笑む。
「家事がずいぶん楽になります」
女性研究員たちも興味津々で試作品を囲んでいた。
その様子を見ていたリオンは、小さく笑う。
「こういう研究こそ、これから必要なんだろうな」
ところが、研究所の一角だけは妙に騒がしかった。
『我は神なり』
「……またお前か」
そこには輸出用のクマ神様人形がずらりと並んでいる。
日本側の担当者が苦笑しながら報告した。
「向こうでは相変わらず人気ですよ。注文がまったく止まりません」
リオンは思わず額を押さえる。
「まだ売れるのか……」
「立派な外貨獲得商品じゃないか」ゼルファは楽しそうに笑う。
「なんだか複雑だ」
本人は納得していなかったが、クマ神様人形はいつの間にか共和国を代表する輸出品の一つになっていた。
夕暮れ。
研究所の屋上からは、夕日に染まる王都が一望できた。
リオンは街並みを眺めながら静かに口を開く。
「この国は戦って生き残った」一呼吸置いて続ける。「でも、これからは技術で人を豊かにしたい」
隣でゼルファも大きく頷く。
「ようやく、本当に作りたいものを作れる時代が来たな」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
戦うためではなく、人々の暮らしを支えるための技術。
その第一歩が、この研究所から始まろうとしていた。




