第332話 ようやく日常へ
一か月後。
長い休暇を終えたガルヴァンは、久しぶりに王城の門をくぐった。
「さて……」
思わず周囲を見回す、休みに入る前の王城は、思い返すだけでも頭が痛くなるような有様だった。
兵士もクマ、文官もクマ、議員もクマ、そして、王であるリオンまでクマ。
「あんな光景は二度と見たくないな……」
小さく苦笑しながら城内へ足を踏み入れた。
廊下では警備中の兵士たちが姿勢を正す。
「お帰りなさいませ、ガルヴァン様!」
全員、見慣れた鎧姿だった。
もちろんクマの着ぐるみなど着ていない。
「……よし」
それだけで肩の力が少し抜けた。
政務棟へ向かうと、文官たちは黙々と書類を整理し、役人同士が必要な報告だけを交わしている。
「こちらが本日の報告書です」
「会議資料も準備できています」
忙しくはあるが、落ち着いた空気が流れていた。
ガルヴァンは思わず頷く。
「ようやく、いつもの王城に戻ったな」
その言葉には安堵が滲んでいた、会議室を覗くと、リオンが王座に座り、真剣な表情で議論に耳を傾けている。
「北部の開発予算は少し増やそう。代わりに今年の公共事業を一部見直す。異論はあるか?」
議員たちも冷静に意見を交わし、議論は滞りなく進んでいた。
ふざける者も、笑いをこらえる者もいない。
ガルヴァンは静かに息をつく。
「……これでいい」
国は、ようやく元の日常を取り戻したのだ。
訓練場では兵士たちが汗を流していた。
「もう一本!」
「はい!」
剣を振る音が響き、槍を構える掛け声が続く。
誰一人手を抜かず、共和国の精鋭らしい鍛錬を重ねていた。
その様子を見届けたガルヴァンは、満足そうに腕を組む。「これなら安心だ」
一方その頃。
執務室では、リオンが書類の山と格闘していた。
「……終わらないな」
ペンを走らせ、書類に判を押し、次の書類へ手を伸ばす。
クマ神様騒動の間に滞っていた仕事が、一気に押し寄せてきていた。
「結局、自分で増やした仕事なんだけどな……」
苦笑しながらも手は止めない、思い返せば、この一か月は散々だった。
クマの着ぐるみを着せられ、子供たちと遊び、議会にもそのまま出席し、王としての威厳などどこかへ吹き飛んでしまった。
できれば二度と経験したくはない、それでも、窓の外へ目を向ける。
王都では子供たちが元気に走り回り、人々は笑顔で店を行き交っている。
そんな穏やかな景色を見つめながら、リオンは小さく笑った。
「……まあ、悪いことばかりじゃなかったか」
失敗もした、笑われもした、それでも、この国は今日も平和だ。
それだけは、王として誇っていい。
執務室の前を通りかかったガルヴァンは、扉の隙間から黙々と仕事を続けるリオンの姿を見つけた。
少しだけ目を細める。
「……少しは王らしくなったじゃないか」
その呟きがリオンに届くことはなかった。
ガルリオン共和国は今日も穏やかな一日を迎えている。




