第331話 さらば、クマ神様騒動
一か月ぶりに、ガルヴァンはガルリオン共和国へ戻ってきた。
長引いた外交交渉に和平協議、賠償問題、ようやくすべてが一区切りついたのだ。
「……やっと帰ってこられた」
馬車を降りると、大きく息を吐く。身体は重く、頭もぼんやりしている。
(帰ったら少し休もう。一週間……いや、一か月くらいは仕事を忘れてもいいだろう)
そんなことを考えながら王城の門をくぐった。
そして、その足がぴたりと止まる。
目の前を歩いていた兵士が、クマだった。
「……は?」
見間違いかと思い、目をこする。しかし、次にすれ違った文官もクマ、廊下に立つ衛兵もクマ、侍女までクマだった。どこを見ても、クマ、クマ、クマ。
ガルヴァンはゆっくりと天井を見上げる。
「……俺は、まだ帰国していないのか?」
現実逃避だった。
疲れすぎて幻でも見ているのではないかと、本気で思った。
誰もその異様な光景を不思議がっていない。それが一番恐ろしかった。
重い足取りのまま会議室へ向かう。
扉を開けると、議員たちがすでに席についていた……全員クマだった。
ガルヴァンは静かに扉を閉める、深呼吸を一つ、もう一度開ける、やはりクマだった。
「…………」額に青筋が浮かぶ。
「誰だ」低く押し殺した声が響く。
「こんな国にしたのは」会議室が一瞬で静まり返った。
兵士が恐る恐る前へ出る。「へ、陛下です……」
その一言で、ガルヴァンのこめかみがぴくりと動いた。「……リオンを呼べ」
「は、はい!」兵士は逃げるように部屋を飛び出していった。
しばらくして、廊下の向こうから、のそのそと一匹のクマが歩いてくる。
「ガルヴァン、おかえ――」
「ふざけるなぁぁぁぁっ!!」
王城中が震えるほどの怒号だった、廊下の兵士たちが思わず姿勢を正す。
その瞬間だった。
リオンの身体が淡い光に包まれる。
「……え?」
頭を覆っていたクマの頭部が光となって消え、続いて胴体、腕、足も次々と消えていく。
気が付けば、いつもの王の姿に戻っていた。
リオンは自分の手を何度も見つめる。
「……戻った」
信じられないというように拳を握り、開く。
そして、顔を輝かせた、「終わった!」
思わず両手を突き上げる。
「ありがとう、ガルヴァン!」
本気で礼を言われたガルヴァンは、しばらく無言だった。
どうやら創造神ヘリオスは、“ガルヴァンが本気で怒ること”を天罰が終わる条件に入れていたらしい。
「……説明は後で聞く」ガルヴァンが静かに言う。
「はい……」さすがのリオンも素直だった。
「それと」ガルヴァンは疲れ切った表情のまま続ける。
「俺は約束どおり、一か月休む」
「え?」
「誰が何と言おうと休む」
その場にいた全員が勢いよくうなずいた。
「ぜひ休んでください!」
「お願いします!」
むしろ誰も反対できなかった。
ガルヴァンは小さく息を吐き、踵を返す。数歩歩いてから立ち止まり、振り返った。
「もう二度と、国中をクマだらけにするな」
リオンは苦笑しながら頭をかく。
「……善処する」
「善処じゃない」
「はい」
その返事だけは、妙に素直だった。
その日のうちに、王城中にあったクマの着ぐるみはすべて処分された。
兵士も、文官も、議員も、ようやく見慣れた姿へ戻る。
フィーナも人間の姿に戻ると、大きく息をついた。
「もうクマはこりごりです……」
「それは俺も同感だ」
リオンも苦笑しながらうなずく、珍しく二人の意見は一致していた。
こうして、クマ神様人形から始まった一連の騒動は幕を閉じた。
神殿建設騒動、日本での大流行、ヘリオスの天罰、クマ姿での奉仕活動。
そして、王城を埋め尽くしたクマたち。
後年、この出来事は歴史書にわずか一行だけ記される。
『クマ神様狂騒曲』
詳しい記録は残されていない……残さなかった、という方が正しいのかもしれない。
王城の誰もが、「あれだけは後世に語り継ぎたくない」と心の底から思っていたのだから。




