閑話 護衛はつらいよ
ガルリオン共和国の王族護衛隊。
それは数ある任務の中でも、選び抜かれた者だけが任される栄誉ある仕事だ。
王族の命を守り、常に最前線に立つ。そんな誇り高い任務……のはずだった。
「ラミ様! そんなに走ったら危ないよ!」
「わーい!」
王都の市場をラミが元気いっぱいに駆け抜ける。
少し後ろではゼオンが必死に追いかけ、そのさらに後ろからは、よちよち歩きのリオナが一生懸命ついていく。
「まってぇ!」
転びそうになりながらも笑顔を浮かべるリオナを見て、市場の人々も思わず頬を緩めた。……だが、そのさらに後ろでは。
「急げ!」
「ラミ様を見失うな!」
精鋭護衛隊が汗だくになって追いかけていた。
「なんで毎回こうなるんだ……!」
一人がぼやく。
「愚痴を言う暇があったら足を動かせ!」
隊長の一喝が飛ぶ。
王族護衛は、今日も全力疾走から始まる。
ようやく追いついたと思った矢先、ラミは屋台の前でぴたりと足を止めた。
「あっ! これ食べたい!」
串焼きを指差したかと思えば、「果物も!」次は色鮮やかな果物屋。
「あっ、おもちゃ!」木彫りの人形を見つけると、目を輝かせる。
「全部ください!」
店主は満面の笑みだ。
「ありがとうございます!」
……そして、ラミは当然のように後ろを振り返る。「お願い!」
護衛たちと目が合った。「……はい」
一人が静かに財布を取り出す。隊長が肩を叩いた。「経費で落ちる」
「でも今は自腹ですよね……」
「そうだ」
財布から銀貨が消えていく音が、妙に切なかった。
「ありがとう!」ラミは満面の笑み。
もちろん悪気など一切ない。
「隊長」
「なんだ」
「今日だけで何回払いました?」
「数えるな」
「もう財布が軽いです」
「あとで返ってくる」
「"あとで"なんですよ……」若い護衛は遠い目をした。
その時だった。
「あっ!」
ラミが何かを見つける。「猫!」細い路地へ一直線。
「待って!」ゼオンも飛び出し、「きゃー!」リオナまで笑いながら追いかける。
隊長が頭を抱えた。「またか!追え!」
市場中を護衛たちが駆け抜ける、八百屋の店主が笑う。「今日も元気だねぇ」
「元気すぎます!」護衛の叫びが市場に響いた。
ようやく捕まえたと思えば、今度は橋の上だった。
「お魚!」ラミは欄干から川を覗き込む。
「危ないです!」護衛が慌てて支える。
するとラミは振り返って笑った。
「向こう行こう!」また走り出す。
「待ってくださーい!」護衛隊も全力で追いかける。
市場の人々は、その様子を見て笑っていた。
「今日も護衛さんは大変そうだね」
「平和ってことさ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
昼頃になると、護衛たちはすっかり疲れ切っていた。
「はぁ……」
「足が……」
「これ、本当に護衛任務ですか?」若い隊員が肩で息をする。
隊長は苦笑しながら答えた。「戦場より疲れる日もある」
「否定できません……」全員が静かに頷いた。
その時。
小さな石につまずき、ゼオンが前へ倒れそうになる。
「坊っちゃん!」
一人の護衛が素早く抱き上げた。
「大丈夫ですか?」
ゼオンはにっこり笑う。
「ありがとう!」
その笑顔だけで、不思議と疲れが吹き飛ぶ。
一方、リオナは護衛の指をぎゅっと握って離さない。
「きゃっ」
「お嬢様、今日はよく歩きましたね」
眠そうに目をこするリオナを見て、護衛たちの表情も自然と緩んでいった。
夕暮れ、王城へ戻る道。
「明日も遊ぶ!」ラミはまだ元気いっぱいだった。
「もちろん!」ゼオンも負けじと返事をする。
その横では、遊び疲れたリオナが護衛の肩ですやすやと眠っていた。
その寝顔を見て、隊長は思わず笑みを浮かべる。
「……平和だな」
戦争もない、魔物の襲撃もない、聞こえてくるのは子どもたちの笑い声だけ。
隣を歩く護衛も頷いた。
「ええ。本当にいい国です」
隊長は前を走るラミを見つめながら苦笑する。「……ただし、護衛だけは楽じゃないがな」
その言葉に護衛たちは顔を見合わせ、思わず笑った。
明日もきっと、ラミは元気いっぱいに町を駆け回るだろう。
ゼオンもリオナも、その後を楽しそうについていく。
そして、今日と同じように精鋭護衛隊は全力で走り続ける。
それが、ガルリオン共和国で一番忙しく、そして誰よりも子どもたちの笑顔を近くで見守れる。
少しだけ幸せな護衛任務なのだった。




