第330話 クマ王国誕生
ヘリオスの天罰は、まだ終わらなかった。
朝、子どもたちと遊ぶ時も。昼、山積みの書類に目を通す時も。
午後。
重苦しい議会に出席する時も。そして、夜遅くまで続く執務の時間もリオンは、相変わらずクマの着ぐるみ姿のままだった。
「……これ、本当にいつまで続くんだ」
鏡に映る自分を見て、小さくため息をつく。
返事をする者はいない。
いや、返事をしてくれる神様なら、そもそもこんな罰は与えないだろう。
その日も王城の議会が始まる。
「陛下、ご入室です」
衛兵の声とともに扉が開いた。のそのそ、と現れたのは一匹……いや、一人の巨大なクマ。
議場が、一瞬で静まり返る。
それでもリオンは何事もないように王座へ腰を下ろした。
「では、始めよう」
落ち着いた威厳ある声。しかし、見た目はふわふわのクマ。
そのギャップに耐えきれず、あちこちで肩が震え始める。
必死に視線を逸らす者。唇を噛み締める者。下を向いて震える者。
誰もが笑いをこらえるのに必死だった。
しかし、「……ぷっ」小さな笑い声が議場に響いた。
リオンがゆっくり顔を上げる。
「今、笑ったな?」
「ち、違います!」
若い貴族は青ざめながら首を横に振る。
「笑っておりません!」
「そうか」
リオンは静かに頷いた。
「なら王命だ」
「……はい?」
「明日から一週間、お前もクマだ」
「えぇぇぇぇっ!?」悲鳴が議場中に響いた。
翌日。
本当に若い貴族はクマになっていた。肩を落とし、とぼとぼと議場へ入ってくる。
「陛下……」
「よく似合っている」
「褒められてもうれしくありません……」
議員たちが再び肩を震わせる。誰も笑わない。
昨日の惨劇を見ていたからだ……しかし、人間というものは我慢できない生き物らしい。
「ぶふっ!」別の議員が吹き出した。
リオンはゆっくり振り返る。
「笑ったな?」
「ち、違います! 咳です!」
「王命」
「お待ちください!」
「二週間」
「増えたぁぁぁ!」
議場は悲鳴に包まれた。
それから数日。
王城の風景は、すっかり様変わりしていた。
廊下を歩けばクマ。書類を運ぶ文官もクマ。見回り中の兵士もクマ。貴族もクマ。
衛兵もクマ。
「……誰だ、あれ」
「名札を見ないと分からん」
そんな会話まで聞こえてくる始末だった。
その光景を見渡しながら、フィーナが苦笑する。「ずいぶん増えましたね……」
「笑う方が悪い」リオンは平然と言い切る。
「どう考えても理不尽です」
「俺も理不尽だった」
真顔で返され、フィーナは何も言えなくなった。それは確かに、その通りだった。
一方、子どもたちは大喜びだった。
「クマさんだー!」
ラミが走り回れば、ゼオンとリオナも後を追いかける。
「あっちにもクマ!」
「こっちにもいるよ!」
気づけば兵士まで鬼ごっこに巻き込まれ、慌てて逃げ回っていた。
本人たちは大変だが、子どもたちにとっては夢のような光景だった。
午後になり、リゼとルナが議会を見学に訪れる。
扉を開けた二人は、その場で足を止めた。
「……」「……」
議場を見渡しても、視界に入るのはクマ、クマ、クマ。
王座にもクマ。宰相代理もクマ。議員もクマ。速記官もクマ。衛兵までクマ。
リゼは深いため息をついた。
「何をやっているんですか、この国は……」ルナも苦笑しながら肩をすくめる。
「そのうち国名まで変わりそうだな」リオンはぼそりと呟く。「……クマ王国か」
誰も否定できなかった。
夕暮れ。
王城の上空では精霊たちが楽しそうに飛び回っていた。
『クマがいっぱいー!』
『かわいいー!』
『王様もクマー!』
無邪気にはしゃぐ声を聞きながら、リオンは窓の外を見上げる。
「ヘリオス……」小さく息を吐く。「絶対、この状況を楽しんでるだろ」
返事はない。
だが雲の向こうでは、創造神が笑いながらこの光景を眺めている。
そんな気がしてならなかった。




