第321話 ゼルファの嫁探し
魔導花火大会が終わり、王都にもようやく落ち着きが戻ってきた頃。
リオンは王城の執務室で、目の前に積み上がった書類の山を見つめていた。
戦争は終わった。グランゼル王国の復興も順調。国も安定している。
それなのにいや、だからこそ仕事が増えていた。
「……終わらないな」机に肘をつきながら呟く。
次々と届く報告書。予算案。法整備。外交案件。
気付けば一日中書類と向き合っている。
昔は王になれば少しくらい楽になると思っていたが、完全に勘違いだった。
「平和って忙しいんだな……」
誰に言うでもなく呟き、深くため息を吐く。
そんな時だった。ふと、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
ゼルファである。
最近王城に滞在している旧友は、相変わらず工房に籠もりきりだった。
朝から研究。昼も研究。夜も研究。食事中も研究の話。寝る前も研究の話。おそらく夢の中でも研究している。
「……あいつ、本当に大丈夫か?」心配になってきた。
年齢を考えれば結婚していてもおかしくない。
ゼルファにはそんな気配がまるでなかった。
「放っておいたら一生独身だろうな」
友人として、少しくらい世話を焼いてもいいのではないかと。
その日の夕食後。
リオンはリゼとルナを呼び出した。二人とも事情を聞くなり苦笑した。
「つまり、ゼルファさんのお嫁さんを探したいんですね?」
リゼが紅茶を口に運びながら言う。
「ああ」リオンは頷いた。
ルナは肩を竦める。
「あの人、結婚する気あるのですか?」
「ない」
「即答ですね」
「迷いなく言える」リオンの返答に、二人は思わず笑った。
長年の付き合いだ、ゼルファがどんな人間か、よく分かっている。
研究以外への興味が極端に薄い、だからこそ天才なのだろうが、その代償として私生活が壊滅的だった。
「普通の女性じゃ無理ですね」リゼが断言する。
「だろうな」
「まず会話が続かないと思います」
「それも分かる」
ルナも腕を組んだ。
「なら研究者一択です」
「研究者だな」
「研究者ですね」
三人の意見は完全に一致した。
そして、数日後。一人の女性が王城へ招かれた。
ドワーフ族の魔導具職人のミレナ。
若いながらも優秀な技術者として知られ、工房に寝泊まりして研究を続けるほどの研究好きだった。ある意味、ゼルファと同類である。
リオンは彼女を工房へ案内した。
「ゼルファ」
「ん?」机に向かっていたゼルファが顔を上げる。
「紹介したい人がいる」
「依頼人か?」
「違う。助手候補だ」
「助手?」そこで初めて興味を示した。
ミレナは軽く頭を下げる。
「初めまして。ミレナです」
「ゼルファだ」
挨拶はそれだけだった。実に淡白である。
リオンは少し不安になった。本当に大丈夫だろうか、と。
◇◇◇
その不安は一分もしないうちに消えた。
ミレナが机の上の設計図を見つめていた。
目を見開く。「……この術式」
ゼルファが反応した。「分かるのか?」
「この魔力循環回路、普通なら暴走しますよね?」
その瞬間、ゼルファの目が輝いた。
「そうだ!」
「やっぱり!」ミレナも嬉しそうな顔になる。
「どうやって安定化したんですか?」
「三重制御構造だ」
「なるほど!」
「さらに補助術式を組み込んで!」
「天才ですか!?」
「君こそ理解が早い!」会話が一気に加速した。
一時間後、二人は設計図を広げていた。
二時間後、床に座り込んで魔導回路を書き込んでいた。
三時間後には工房中に図面が散乱していた。
「その発想はなかった!」
「でも理論上は可能です!」
「本当に!?」
「やれます!」
本当に楽しそうだった。
その様子を工房の扉の隙間からリオン、リゼ、ルナの三人が覗いていた。
「……」「……」「……」
しばらく無言になり、最初に口を開いたのはリオンだった。「成功じゃないか?」
リゼは微妙な表情を浮かべる。
「成功なんでしょうか……」
ルナも困った顔だった。
「恋愛の気配が全くありません」
工房の中では「この制御術式、素晴らしいです!」
「君の発想も凄い!」
「研究って楽しいですね!」
「最高だ!」
満面の笑みで握手していた。恋愛感情は一切感じられない。
まるで長年の研究仲間が出会ったような空気だった。
リゼが小さく苦笑する。
「夫婦というより共同研究者ですね」
「それは思った」リオンも同意した。
ルナも深く頷く。
「でも案外、それでいいのかもしれません」
その時、工房の中からゼルファの声が聞こえた。
「君とは朝まで魔導具の話ができそうだ!」
「私もです!」ミレナが心の底から嬉しそうに答える。
二人は笑顔だった。本当に楽しそうだった。
それを見ていたリゼとルナは顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
「……お似合いかもしれませんね」
「……かもしれません」
恋愛らしさはない。甘い雰囲気もない。
けれど、一緒にいて楽しそうだった。それだけで十分なのかもしれない。
工房の中では相変わらず二人の議論が続いていた。「この魔導回路なら!」
「さらに効率化できます!」
「本当か!?」
「やりましょう!」
まるで子供のように目を輝かせている。
リオンはそんな二人を見ながら、小さく笑った。
少なくとも今のゼルファは楽しそうだ。それが友人として少し嬉しかった。
「まあ、ゆっくり見守るか」そう呟き、リオンは工房を後にする。
背後ではまだ熱い研究談義が続いていた。
恋の始まりなのか、ただの共同研究なのか、それはまだ誰にも分からない。
一つだけ確かなのは二人とも、今まで見たことがないほど楽しそうだった。




