閑話 魔導具馬鹿の十数年
ゼルファという男を一言で表すなら、間違いなく変わり者だった。
昔から魔導具にしか興味がない。新しい術式を考えること。未知の魔導回路を組むこと。便利な道具を作ること。
そういうことには寝食を忘れるほど夢中になれるのに、人付き合いや商売となると途端に駄目になる。
本人もその自覚はあった。ただ、直す気はなかった。
まだリオンが若く、レオルディア王国を出る前のことだ。
二人は小さな商会を立ち上げていた。
魔導具を作り、依頼を受け、時には修理もする。
規模こそ小さいが、それなりに評判は良かった。
何より、二人でいると毎日が楽しかった。
新しい発明を思いついては試し。失敗しては笑い合う。
まともな商品よりも妙な発明品の方が多かった気もするが、それでも商会は回っていた。
だが、ある日リオンが旅に出た。理由は聞いていた。止めるつもりもなかった。
だから笑って送り出した。その時は、またいつか会えると思っていた。
問題はその後だった。残されたゼルファは、一人で商会を運営することになる。
そして、半年後。商会は見事に潰れた。
「……なんでだ?」
閉鎖された工房で帳簿を眺めながら、ゼルファは本気で悩んだ。
何度計算しても赤字だった。原因は明白である。売れる商品を作らない。客が欲しい物を作らない。利益率も考えない。
自分が面白いと思った物しか作らない。
潰れるべくして潰れていた。周囲からは当然だと言われた。
ゼルファ自身も後になって納得した。「……確かにそうかもしれん」
納得はしたが反省はしなかった。
商会を畳んだ後も、ゼルファの生活はほとんど変わらなかった。
依頼を受けて魔導具を作る。稼いだ金で材料を買う。研究する。また金がなくなる。
依頼を受ける。研究する。金がなくなる。
延々とその繰り返しだった。
結婚もしなかった。恋人もできなかった。
いや、正確には作ろうとしなかった。興味がなかったのである。
周囲から何度も見合い話を持ち込まれたが、そのたびに断った。
理由は簡単だった。
「研究の邪魔になる」本人は大真面目だった。
そして、誰も何も言えなくなった。
そんな日々が十数年続いた。気付けば若者だった頃の面影も薄れ、髪には少し白いものも混じり始めていた。
それでもゼルファは変わらない。
相変わらず工房に籠もり、魔導具をいじっていた。
だからこそ、戦争が始まった時も最初は実感がなかった。
リベストへ侵攻軍が押し寄せた日、街は大混乱に陥った。
住民達は荷物を抱えて逃げ出し、商人達は店を閉めて避難する。
兵士達は慌ただしく駆け回り、遠くからは爆発音まで聞こえてきた。
そんな中、ゼルファは一人で工房に残っていた。
「よし」
大きな木箱を抱え上げる。中に入っているのは、自作の魔導具ばかりだった。
「ゼルファさん!」避難していた住民が叫ぶ。
「早く逃げてください!」
「まだだ!」ゼルファは答えた。
そして、箱を開く。そこに詰まっていたのは、十数年積み重ねてきた研究成果だった。
敵兵達が街へ侵入した時、空に巨大な竜が現れた。
「なっ!?」
「ドラゴンだ!」
兵士達が悲鳴を上げる。次の瞬間、その姿は消えた。
代わりに無数の火球が現れる。雷鳴が轟く。巨大な魔物の咆哮が響く。
敵兵達は混乱した。隊列は乱れ、あちこちで怒号が飛び交う。
屋根の上からその様子を見下ろしながら、ゼルファは思わず笑った。「引っ掛かったな」
全部幻影だった。十数年研究し続けた魔導具の成果である。
もちろん、それだけで戦争に勝てるほど甘くはない。
やがて敵兵達も気付いた。
「幻だ!」
「術者を探せ!」
怒号が上がる。
ゼルファは顔を引きつらせた。「しまった」そして、全力で逃げた。
屋根を飛び移る。路地を駆け抜ける。背後から矢が飛んでくる。必死だった。
ヒュッ。
嫌な音がした。直後。腹部に激痛が走る。
「……あ」
視線を落とす。矢が刺さっていた。血が溢れている。足から力が抜けた。
屋根から転がり落ち、地面へ叩きつけられる。
普通ならそこで終わっていた。しかし、ゼルファは立ち上がった。
ふらつきながらも歩き出す。ナルディへ向かってただひたすら前へ進む。
血が流れる。意識が遠のく。寒い。苦しい。
それでも止まれなかった。止まれば死ぬ。それだけは分かっていた。
途中で何度も倒れた。そのたびに立ち上がった。気力だけで歩いていたと言っていい。
そんな中で、不意に昔の記憶が浮かんだ。
工房。魔導具。爆発。笑い声。そして、リオン。
「……あいつ」思わず笑みが漏れる。
もう十数年も会っていない。どこで何をしているのかも知らない。
生きている保証だってない。それなのになぜだか顔だけははっきり思い出せた。
もし、今ここにリオンがいたら。きっと面倒そうな顔をするだろう。
それからため息を吐いて『仕方ねぇな』
そう言いながら助けてくれる。
そんな気がした。根拠なんてない。不思議と確信があった。
だからもう少しだけ頑張ろうと思った。もう少しだけ歩こうと思った。
ナルディへ辿り着いた頃には、本当に限界だった。
城門前で倒れた瞬間。誰かが駆け寄ってくる。
「ゼルファ!?」
聞き覚えのある声だった。昔から付き合いのある商人仲間。
ゼルファは震える手で懐から紙を取り出した。「頼む……」
「何だ!?」
「これを……」うまく声が出ない。息も苦しい。視界もぼやける。それでも紙だけは手放さなかった。
「リオンに届けてくれ……」
「リオン?」
「……頼む」
それだけだった。体が冷たい。意識も薄れていく。
もう駄目かもしれない。そう思った。
最後に浮かんだのは、十数年前に別れた友人の顔だった。
ゼルファは小さく笑う。「……生きてるなら」かすれた声で呟く。
「助けろよ……馬鹿」意識は闇へ沈んだ。
その一通の手紙が遠く離れたガルリオン共和国を動かし。
王となったリオンを戦場へ向かわせることになるとは。
この時のゼルファは、まだ知らなかった。




