第320話 魔導花火大会
ある日の午後。
王城の工房では、リオンとゼルファが机を挟んで向かい合っていた。
机の上には何十枚もの設計図と魔石、それに分解された魔導具の部品が散乱している。
どこから見ても、また何か始めようとしている光景だった。
「なあ、これ完成したら面白いと思わないか?」リオンが一枚の設計図を指差す。
ゼルファはそれを見つめ、しばらく考えてから頷いた。「面白いな」
「だろ?」
「ただし、魔力消費は馬鹿みたいなことになる」
「そこは精霊達に協力してもらう」
「便利な言葉だな、それ」ゼルファは苦笑した。
今回作ろうとしているのは武器ではない。
生活を便利にする道具でもない。ましてやクマ神様みたいな意味不明な代物でもない。
純粋な娯楽用の魔導具だった。夜空へ巨大な映像を映し出す投影装置。人を楽しませるためだけの魔導具である。
そんなものを真面目な顔で設計している時点で、この二人らしかった。
開発は予想以上に難航した。
魔力を広範囲に拡散しながら映像を維持する術式。
風や天候の影響を受けない投影方法。巨大化しても映像が崩れない魔導回路。問題はいくらでも出てくる。
「ここを繋げれば――」
「待て、それ暴走する」
「本当だ」
「お前、気付いてなかったのか」
「今気付いた」
嫌な会話だった。そして、案の定。数日後、工房から盛大な爆発音が響いた。
ドォン!!
「うおっ!?」
「だから言っただろ!」
窓ガラスが震える。煙が立ち上る。そこへ勢いよく扉が開いた。
「何回目ですか!!」フィーナだった、額に青筋が浮いている。
「まだ三回だ」
「三回も爆発させてるんです!」
「研究に失敗は付き物だ」
「工房を吹き飛ばしてから言わないでください!」
フィーナの怒声が王城中に響いたが二人とも全く反省していなかった。
それから数週間後、ようやく装置は完成した。
試験運用の場所に選ばれたのは王都郊外の大広場だった。
夜になる頃には大勢の住民が集まっていた。
「何が始まるんだ?」
「陛下の新しい魔導具らしいぞ」
「新しい魔導具か……」
「少し不安だな」
最後の意見には妙な説得力があった。
広場の中央。
巨大な魔導装置の前にリオンとゼルファが立つ。
周囲には共和国軍の兵士達。観客席には家族達の姿もあった。
リオンは装置を見上げる。
「緊張するな」
「珍しいな」
「失敗したら笑い者だぞ」
「成功しても笑い者になる気がする」
ゼルファの言葉にリオンは苦笑した。
「それは否定できない」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に頷いた。
「やるか」
「ああ」
魔導装置が起動する。巨大な魔石に光が走り、複雑な魔導回路が次々と輝き始めた。
広場に静寂が広がる。誰もが夜空を見上げた。次の瞬間。
ドォォォン!!
空いっぱいに巨大な光の花が咲いた。
「うわぁ……」誰かが思わず声を漏らす。
赤。青。金。銀。色鮮やかな光が夜空を埋め尽くしていく。
本物の花火ではないがその美しさは本物以上だった。
夜空そのものが一枚の巨大な絵画になったようだった。
歓声が上がる。
次々と新しい映像が現れる。空を駆ける龍。森を守る巨大な樹。共和国の国章。精霊達が楽しそうに踊る姿。
子供達は歓声を上げながら空を指差した。
「すげぇ!」
「見て! 龍だ!」
「こっちは精霊さん!」
ラミは飛び跳ねながら叫んでいる。ゼオンは目を輝かせていた。リオナは小さな手で一生懸命拍手している。
アレンはぽかんと口を開けたまま夜空を見上げていた。
リオンの悪い癖が発動した。
「最後に一つ追加した」
「何を?」ゼルファが嫌そうな顔をする。
リオンは笑った。「見れば分かる」
ゼルファは嫌な予感しかしなかった、案の定だった。
夜空に巨大な熊が現れる。金色に輝く神々しい熊。見覚えしかなかった。
「あれは……」
「まさか……」
住民達がざわつく。熊はゆっくりと口を開いた。
『我は神なり』
一瞬の静寂。大爆笑。
「やっぱり入れたのか!」ゼルファが腹を抱える。
リオンは満足そうだった。
『崇めよ』
「ははははは!」
『供物を捧げよ』
広場中が笑いに包まれる。子供達は大喜びだった。
「クマ神様だー!」
「クマ神様だー!」
ラミなどは全力で手を振っている。いつの間にか共和国の人気者になっていた。
本人いや、本熊はただ喋っているだけなのだが。
祭りは深夜まで続いた。
広場には屋台が並び、人々は酒を酌み交わし、歌い、笑い合う。
まるで建国祭のような賑わいだった。
リオンは少し離れた場所からその光景を眺める。
家族の笑顔。友人達の笑顔。住民達の笑顔。それが何より嬉しかった。
祭りの終わり。
丘の上、リオンとゼルファは並んで腰を下ろしていた。
遠くで最後の光が夜空を彩る。歓声も少しずつ小さくなっていく。
ゼルファが静かに笑った。
「いいもんだな」
「ああ」リオンも頷く。「武器じゃなくて、人を楽しませるための魔導具ってのも悪くない」
「むしろ、こういう物の方が好きかもしれん」ゼルファの言葉にリオンは少し驚き、そして笑った。
「俺もだ」二人はしばらく黙ったまま夜空を見上げる。
最後の花火が静かに咲く。金色の光が夜空いっぱいに広がった。
その美しさに、二人とも自然と見入っていた。
苦労して作った甲斐はあった。心からそう思えた。
夜空の端で最後にもう一度だけ熊が現れた。『我は神なり』
沈黙。
「「余計だったな」」二人の声が重なる。
顔を見合わせた瞬間、どちらともなく吹き出した。
夜風の中、大笑いする声がいつまでも響いていた。




