第319話 魔導具が嫁
クマ神様騒動から数日後。
王城の工房では、今日も金属を削る小気味よい音が響いていた。
机の上には設計図が何枚も広げられ、魔石や工具が所狭しと並べられている。
その中心で黙々と作業を続けているのはゼルファだった。
そして、その傍らには大事そうに置かれたノートパソコン。
日本から持ち帰った彼の宝物である。
「朝から何やってるんだ?」工房へ入ってきたリオンが声をかける。
ゼルファは顔も上げずに答えた。
「研究」
「聞くまでもなかったな」リオンは苦笑した。
研究以外をしているゼルファなど、ほとんど見たことがない。
適当な椅子に腰を下ろし、しばらく友人の作業を眺める。
昔からそうだった。
ゼルファは何かを作り始めると周囲が見えなくなる。
集中力だけは昔から異常だった。
しばらくして、リオンはふと思い出したように口を開く。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「お前、結婚しないのか?」
工具を動かしていた手がぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
「してないな」
「彼女は?」
「うむ、いない」
「婚約者とかは?」
「いるわけが無い」
「好きな奴は?」
「いたら結婚している」
見事な三連即答だった。リオンは額を押さえる。
「お前なぁ……」
十数年ぶりの再会である。当然、お互いもう若くはない。それなのにこの答えだった。
「結婚とか考えないのか?」
「考えない」
「即答かよ」
「即答だ」ゼルファは本気だった。
迷いも照れも一切ない。リオンは呆れたように笑う。
「なんでそこまで嫌なんだよ」
「時間がもったいない」
「何に使う気だ」
「研究」即答。
予想通りすぎる答えだった。
ゼルファは真面目な顔のまま続ける。
「朝起きるだろ」
「うん」
「研究するだろ」
「うん?」
「昼になるだろ」
「う、うん?」
「研究するだろ」
「う〜ん?」
「夜になるだろ」
「うんだからなんだ?!」
「研究する」
「人間らしい生活をしろ」リオンは思わず突っ込んだ。
ゼルファは不思議そうな顔をする。
「何が問題なんだ?」
「全部だよ」即答だった。
ゼルファは工具を置き、少しだけ考えるような表情になる。「そもそもな」
「おう」
「俺、魔導具が好きなんだ」
「知ってる、俺の先生だった」
「作ってる時が一番楽しい」
「知ってる、楽しそうだ」
「新しい発見があると嬉しい」
「そ、そうなんだ」
嫌な予感がした。そして、案の定だった。
「つまり魔導具が最高なんだ」
リオンはゆっくり顔を覆った。
「駄目だこいつ」
本気で言っている。そこが一番駄目だった。
すると今度はゼルファが反撃してきた。
「お前こそどうなんだ」
「俺?」
「妻何人いる?」
リオンが黙って指を三本出す。
「王様だから多いのは不思議ではないな」
「否定できない」
ゼルファは呆れた顔をした。
「俺から見ればお前の方がよほど異常だぞ。子供が精霊王に神の魔獣フェンリルとドラゴンだぞ」
「それはそうかもしれない」
リオンも素直に認めた。最近では自分でもそう思う時がある。
二人はしばらく顔を見合わせた後、思わず笑った。
昔から変わらない。片方は家族が増え続け。片方は研究しかしていない。極端な友人同士だった。
やがてゼルファは再び作業へ戻る。
工具を手に取り、魔導回路の調整を始める。
その横顔を眺めながら、リオンは少しだけ懐かしい気持ちになった。
「まあ、お前らしいよ」
「そうか?」
「ああ」
戦争で死にかけても十数年ぶりに再会しても結局ゼルファはゼルファだった。
それが少し嬉しかった。
その時だった。工房の外から元気な声が聞こえてくる。
「ゼルファー!」
リオンは反射的に嫌な顔をした。
「なんだー?」ゼルファは気軽に返事をする。
直後。勢いよく扉が開いた。
「見ろー!」飛び込んできたのはラミだった。
そして、両手で抱えているのはクマ神様。まだ、存在していた。
『我は神なり』
工房に響く聞き慣れた声。リオンは天を仰いだ。「まだ持ってたのか……」
『崇めよ』
「すごいだろー!」ラミは誇らしげだ。
ゼルファは一瞬固まった後、盛大に吹き出した。「まだ現役だったのかそれ!」
腹を抱えて笑い始める。
リオンは頭を抱えるしかなかった。
「本当に壊しておけばよかった……」
『供物を捧げよ』
「はい!」ラミがクッキーを置く。
クマ神様が無駄に神々しく光った。そこへゼオンやリオナまで集まってくる。
「神様だ!」
「おやつあげる!」
さらにアレンまで興味津々で覗き込む。
工房は一気に騒がしくなった。ゼルファは笑い続けている。子供達は大喜び。
クマ神様は相変わらず神を名乗っている。
その光景を見ながら、リオンは深いため息を吐いた。
そして、少しだけ口元を緩める。平和だなと思った。
研究しか頭にない友人。騒がしい家族。
そして、誰にも止められないクマ神様。
頭の痛いことばかりだ。しかし、こんな日常も悪くない。
少なくとも今だけは、そう思えたのだった。




