第317話 友との再会
三国和平条約が締結されてから数か月。
ガルリオン共和国は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
王城の執務室で書類を整理しながら、リオンはふと窓の外へ視線を向ける。
青空だった。
訓練場から聞こえてくるのは兵士達の掛け声だけ。
爆発音もない。避難報告もない。緊急出撃もない。
ドラゴンが城壁を飛び越えてくることもなかった。
「……平和だな」ぽつりと呟く。
もちろん仕事は山ほどある。
だが、それは国が回っている証拠でもあった。
少なくとも命のやり取りをするよりはずっといい。
そんな穏やかな時間だった。
しかし、机の上の通信機が鳴った瞬間、ろくな話じゃないと確信した。
「絶対何かあるだろ……」ぼやきながら受話器を取る。
『こちら日本側担当者です』
「どうした?」
『以前受け入れた負傷者の件でご連絡です』
その言葉にリオンの表情が変わった。
ナルディとリベスト。戦争中、《家移転》で日本へ送り込んだ重傷者達。
何度も報告は受けていたが、気にならなかった日は一日もない。
『全員の治療が完了しました』
リオンは一瞬言葉を失った。
「……全員か?」
『はい』
「亡くなった人は?」
『いません。全員です』
その返事を聞いた瞬間、肩から力が抜けた。
知らず知らずのうちに張っていた緊張がほどけていく。
「そうか……」短く呟く。
それ以上の言葉が出なかった。助けるために日本へ送った。
だが、本当に全員が助かる保証なんてなかったのだ。
『引き渡しの準備は整っています』
「分かった」リオンは立ち上がった。「迎えに行く」
数時間後。
王城の中庭には兵士や役人達が集まっていた。
事情を知る者達は皆、どこか落ち着かない様子だった。
リオンは中央へ立つ。「《家移転》」
光が広がる。見慣れた光景だった。何度見ても不思議な光景でもある。
光が収まると、日本の家が現れた。
リオンは拡声器を使い叫ぶ様に語る。「ここはガルリオン共和国である。ナルディとリベストの避難民の受け入れ治療を施した。君達はナルディとリベストに帰れるぞ」
扉が開き。次々と人が出てくる。歓声が上がった。
「戻ってきたぞ!」
「本当に助かったんだ!」
「生きてる!」
以前は寝台から起き上がれなかった者達が歩いている。
腕を失いかけていた兵士が笑っている。
泣きながら家族と抱き合う者もいた。子供達も元気に走り回っている。
その光景を見て、リオンは口元が勝手に緩んだ。
本当に良かった。ようやく息ができた気がした。
そんな中、人混みの向こうから一人の男が歩いてくる。
リオンは目を細めた。少し痩せている。
髪は相変わらず寝癖だらけ。服もどこかだらしない。だが、その目だけは昔のままだった。
「よう」リオンが声をかける。
男も口元を緩めた。「久しぶりだな」
ゼルファだった。十数年ぶりの再会。あの時は、本当に死ぬかもしれないと思った。
手紙を読んだ時のことを今でも覚えている。
だからこそ、こうして自分の足で立っている姿を見ると不思議な気分になる。
「お前、本当に重傷だったのか?」
思わず聞いてしまう。ゼルファは即座に頷いた。
「本当だぞ」
「全然そう見えないんだが」
「医者には何度も怒られた」
「何したんだ?」
「退院前に研究始めた」
リオンは深いため息を吐いた。「馬鹿だろ」
「褒め言葉か?」
「違う」即答だった。
そこでリオンは気付いた。
ゼルファが何かを大事そうに抱えている。まるで赤ん坊でも抱くような慎重さだ。
「……何持ってる?」
ゼルファの顔が急に明るくなる。
「これだ」抱えていた物を見せてくる。
黒い薄型の箱。見覚えしかなかった。
「お前まさか」
「貰った」満面の笑みだった。
「ノートパソコンだ」
リオンは思わず吹き出した。本当に嬉しそうだった。
「昔、デスクトップのパソコンをあげただろ、ソーラーパネル付きで」リオンは言う。
ゼルファは「リオンが旅に出た数年で壊れた。バラしたが直せなかっただから!」
下手をすると王国の宝剣でも手に入れたような顔をしている。
「それ抱えて帰ってきたのか」
「当然だろう」
ゼルファは胸を張る。
「凄いんだぞ」
「知ってる」
「この中に本が何千冊も入る」
「わかったから落ち着け」
「計算もできる」
「知ってるから興奮するな」
「映像も見られる」
「わかったから説明しなくても良い」
「しかも、持ち運べる!」
「だから知ってる!」
周囲の兵士達が笑いを堪えていた。
ゼルファは本気で感動している。
リオンにはただのノートパソコンでも、この世界の人間から見れば未来の秘宝なのだろう。
「神の道具だ」
「違う」即座に否定する。
だがゼルファは全く納得していなかった。
ひとしきり騒いだ後、二人は少し離れた場所へ移動した。
周囲では再会を喜ぶ声が続いている。
リオンはゼルファを見た。生きている。
本当に生きている。それだけで十分だった。
「助かってよかったな」自然に口から出た言葉だった。
ゼルファは少しだけ黙る。
普段なら軽口を返してくる男が珍しく静かだった。
そして、小さく頷く。「ああ」
短い返事だがその一言には色々な思いが込められていた。
死を覚悟したこと。商人仲間のこと。助けてくれた人々のこと。全てを飲み込んだ返事だった。
リオンもそれ以上は聞かなかった。聞く必要もなかった。
しかし、感動的な空気は長く続かなかった。
ゼルファの口元がゆっくりと吊り上がる。
嫌な予感しかしない笑みだった。
「ところで」
「なんだ」
「日本で面白い物を見つけた」
リオンは即座に顔をしかめる。
「聞きたくない」
「発電機とパソコンがあればな」
「やめろ」
「魔導具の概念そのものを変えられる」
「やめろ」
「ついでに通信技術も!!」
「やめろォォォ!!」
電気の技術も通信技術もガルリオン共和国の極秘技術だった。だからリオンは叫んだ。
王城中庭に絶叫が響いた。兵士達が何事かと振り向く。
ゼルファはまったく気にしていない。目が輝いていた。
研究者が新しい玩具を手に入れた時の目だった。
リオンは額を押さえる。せっかく平和になったと思ったのに。
戦争は終わった。国も落ち着いた。どうやら今度は別の災害が動き始めたらしい。
その名はゼルファ。
平穏な日々は、まだもう少し先になりそうだった。




