第314話 取り立てと白旗
家族達がリベストに到着した翌日。
総督府の会議室には珍しく身内ばかりが集まっていた。
戦争の話でも軍事会議でもない。議題はもっと切実なものだった。
金である。
机の上には帳簿の山。ガルヴァンが疲れた顔でページをめくるたび、部屋の空気が重くなっていく。
「……無いな」最初に口を開いたのはリオンだった。
短い一言だったが、全員の気持ちを代弁していた。
「無いですね」リゼも苦笑する。
「無いです」ルナも腕を組んだ。
「無いぞ!」なぜかカミリアまで元気よく頷いた。
「お前は黙ってろ」
「なんでだ!?」
即座に却下される。だが誰も笑えなかった。本当に金が無かったからだ。
ガルヴァンは帳簿を指で叩く。
「ナルディ支援」ぺらり。
「リベスト支援」ぺらり。
「食料支援」ぺらり。
「医療支援」ぺらり。
「復興支援」最後のページを閉じた。「全部合わせると洒落にならん」
部屋が静かになる。リオンも深く頷いた。戦争には勝った。だが勝利したからといって金が湧いてくるわけではない。むしろ戦後の方が金は飛んでいく。
家を建て直し、道路を修復し、畑を再生し人を食わせる。
どれも必要なことだった。
だからこそ頭が痛い。その時だった。サルファがおずおずと手を挙げる。
「その件なんだが……」
「何だ」
「グランゼル王国も今は余裕がなくてだな……」
全員の視線が集まった。サルファは言葉を止めた。嫌な予感しかしない。
リオンは静かに立ち上がった。「決めた」
「待て」サルファが即座に反応する。
「グランゼル王国へ行く」
「やめろ」
「行く」
「絶対ろくなことにならん」
「そうか?」
「そうだ」断言だった。
翌朝。
リベスト郊外に巨大な赤龍カミリアが翼を広げていた。
朝日を浴びる鱗は眩しいほど美しい。
だがその背に乗っている面々を見ると、不安しかない。
リオン。ラミ。そして、同行を強制されたサルファ。
「本当にこれで行くのか……」サルファが頭を抱える。
「速いだろ」リオンは当然のように答えた。
「問題はそこじゃない」
「じゃあ何だ」
「外交問題だ」
リオンは少し考えた。「……大丈夫じゃないか?」
「その間が怖いんだよ!」サルファの叫びが朝空に響いた。
数時間後。
グランゼル王国王都の空に巨大な赤龍の影が現れた瞬間、街は大混乱に陥った。
「龍だ!」
「赤龍だぞ!」
「なんで王都にいるんだ!?」
人々が悲鳴を上げながら逃げ回る。
兵士達も城壁に駆け上がり、慌ただしく武器を構える。
当然の反応だった。ドラゴンが来訪して喜ぶ国など存在しない。
王宮前に降り立つと、リオンはサルファの肩を叩いた。
「頼んだ」
「嫌だ」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なんだ」
「多分話せば分かる」
「その状態で言う台詞じゃない!」サルファは半泣きだった。
王宮では案の定、大混乱が起きていた。
「攻撃準備を!」
「待て! 刺激するな!」
「龍がいるぞ!」
貴族も兵士も右往左往している。
そんな中、サルファだけが必死に走り回っていた。
「落ち着いてください!攻撃しないでください!まず話を聞いてください!」胃痛が限界を迎えていた。
一方その頃。
外ではラミが目を輝かせていた。「カミリアー!」
「なんだー!」
「炎吐いてー!」
「おう!」
「吐くな!!」
リオンの叫びも間に合わない。轟音と共に巨大な火炎が空へ放たれた。もちろん空中へ向けてだ。被害は無い。
「ひぃぃぃ!」
「攻撃だぁ!」
兵士達は大混乱だった。
リオンは慌てて叫ぶ。「違う!威嚇だ!」
「威嚇が一番駄目なんですよ!」サルファのツッコミが空に響いた、悲痛だった。
数時間後。
ようやく事態は落ち着いた。王宮側も事情を理解し、正式な話し合いが始まる。
戦争中に受けた支援。復興費用。未払いの物資代。様々な話が積み重なった結果。
グランゼル王国は支払いを認めた。交渉成立である。
会議室を出たサルファは椅子に崩れ落ちた。「寿命が縮んだ……」
リオンは満足そうだった。「話の分かる相手で助かった」
「お前だけは言うな」
一週間後。
グランゼル王国の王都郊外、大量の荷車が並んでいた。
金貨。宝石。貴金属。美術品。王国がかき集めた財産の一部である。
サルファはやつれた顔で立っていた。「持ってきたぞ……」
「ご苦労」リオンは確認しながら頷く。
その横でラミが目を輝かせた。「すごいお宝!」
「触るなよ」
「少しだけ」
「駄目だ」
「ちぇー」素直に引き下がる辺り、珍しかった。
その後、近くに居た共和国軍へ連絡が入る。数時間後にはトラック部隊が到着した。さらに輸送用ヘリまで飛来する。
荷物を次々と積み込む兵士達を見ながら、サルファは遠い目をした。
「ドラゴンに乗って国に帰国する日が来るとは……」
「楽しかっただろ」
「ふざけるな!」即答だった。
夕方、リベスト総督府。
運び込まれた財宝を見て、アメリアは言葉を失っていた。
「こんなに……」
その量は王国一つの重みを感じさせるものだった。
リオンは帳簿と照らし合わせながら計算する。
しばらくして、財宝を二つに分けた。
「半分ずつですか?」リゼが尋ねる。
リオンは頷いた。「こっちがナルディとリベストの復興資金」
アメリアが目を見開く。
「残りは共和国が回収する」
当然だった。共和国も多額の支出をしている。だが全部を持っていくつもりもなかった。
アメリアとサルファは顔を見合わせる。
もっと厳しい条件を覚悟していたのだろう。
リオンは静かに言った。「ここから先は自分達で立ち上がれ」
二人は黙って聞く。
「共和国は手を貸せる。だが代わりに占領して生きることはしない」
部屋が静かになる。
「ナルディもリベストもお前達の国で、お前達の街だ」
その言葉には説教ではなく期待が込められていた。
アメリアはゆっくり頷く。「……はい」
サルファも背筋を伸ばした。「必ず立て直してみせる」
その返事を聞き、リオンは満足そうに頷いた。
復興はまだ始まったばかりだ。問題も山ほど残っている。
それでも誰かに頼るだけではなく、自分達の足で立とうとしている。
その姿を見られたことが何より大きかった。
そして、同時に共和国の財務担当者達も、ようやく少しだけ胃薬の量を減らせそうだった。




