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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第311話 クラリスの墓

 アルベール領の城を離れた翌日。


 リオンは馬を降りた。隣にいるのはガルヴァンだけだった。護衛も連れていない。


 二人が立っているのは街外れの小さな墓地だった。


 風が静かに吹き抜ける。草木が揺れ、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 その一角に、一つの墓があった。


 クラリス。


 幼い頃から自分を支えてくれた女性。母を失った後も傍にいてくれた人。


 誰からも必要とされていないと思っていた少年に、手を差し伸べてくれた人だった。


 リオンはゆっくりと墓の前へ歩み寄る。


 ガルヴァンは少し離れた場所で立ち止まった。


 何も言わない。こういう時に余計な言葉を口にしないのが彼だった。


 リオンは持ってきた花を墓前に供える。


 それから、しばらく黙って墓石を見つめていた。


「……久しぶりだな」


 当然だが返事はない。分かっている。それでも声をかけずにはいられなかった。


「報告に来た」


 風が吹く。リオンは目を細めた。


 気が付けば、昔のことを思い出していた。


 寒い日に無理やり上着を着せられたこと。


 嫌いな野菜を残して叱られたこと。


 怪我をして泣いた時、夜遅くまで看病してくれたこと。


 どれも些細な思い出だった。


 けれど、今になっては何より大切な記憶だった。


『リオン様』

『ちゃんと食べてください』

『風邪を引きますよ』

『大丈夫です』

『私はずっと味方ですから』


 優しい声だった。今でも忘れられない。

忘れようと思ったこともなかった。


 リオンは小さく息を吐いた。


「……敵は討った」


 静かな声だった。


「エドワードは死んだ」


 一度言葉を切る。


 そして、「俺が殺した」墓石は何も答えない。


 ただそこにあるだけだった。


 それでも、この言葉だけは伝えたかった。


 いつか必ず報告しようと思っていた。


 長い間ずっと胸の奥に抱え続けていた言葉だった。


 しばらく沈黙が続く。やがて後ろからガルヴァンの声が聞こえた。


「気は済んだか?」


 軽い口調ではなかった。


 何年も隣で見てきたからこそ聞ける言葉だった。


 リオンは答えなかった。すぐには答えられなかった。代わりに肩が小さく震える。


「……ふざけるな」


 掠れた声だった。ガルヴァンは黙っている。リオンは拳を握り締めた。


「済むわけないだろ」


 声が震えた。


「エドワードを殺したから何だ。仇を討ったから何だ」


 視界が滲む。墓石の文字がぼやけた。


「クラリスは帰ってこねぇんだよ……」


 言葉と同時に涙が落ちた。一滴。そして、また一滴。気付けば止まらなくなっていた。


 リオンは顔を覆う。「馬鹿みたいだ……」自嘲するように呟く。


 ずっと分かっていた。復讐しても何も戻らない。


 クラリスは帰ってこない。失った時間も戻らない。


 それでも止まれなかった。


 やらなければ前へ進めないと思った。だから戦った。だから兄を斬った。


 だが終わってみれば、胸の中にはぽっかりと穴が空いているだけだった。


 満足感なんてどこにもなかった。


 残ったのは、どうしようもない喪失感だけだった。


 ガルヴァンは何も言わない。慰めもしない。励ましもしない。ただ隣に立っていた。


 それで十分だった。


 リオンは泣いた。子供の頃のように声を押し殺しながら。


 ずっと抱え込んでいた感情が、ようやく溢れ出していた。


 どれほど時間が経っただろうか。


 涙が落ち着いた頃には、風が少し冷たくなっていた。


 リオンは乱暴に目元を拭う。「……格好悪ぃな」


「そうだな」ガルヴァンは即答した。


 リオンが睨む。「そこは否定しろよ」


「嘘はつけん」思わず小さく笑いが漏れた。


 本当に少しだけだったが。


 ガルヴァンも口元を緩める。そして、墓石へ視線を向けた。「でもまあ」


「ん?」


「クラリスは喜んでると思うぞ」


 リオンは何も言わなかった。ガルヴァンは続ける。「少なくとも、お前が生きてることはな」


 風が吹いた。供えた花が揺れる。リオンは静かに墓石を見つめた。


 返事はない。


 けれど、もしクラリスがここにいたら。

きっと困ったように笑いながら言うだろう。


『そんな顔をしないでください』


 あるいは。


『泣きたい時は泣いてもいいんですよ』


 そう言って頭を撫でてくれたかもしれない。


 リオンは小さく息を吐いた。「……帰るか」


「ああ」


 二人は踵を返す。墓地を後にする。クラリスは帰ってこない。


 その事実はこれからも変わらない。


 けれど、自分は生きている。待っている人たちがいる。


 帰る場所もある。だから前へ進まなければならない。


 墓地の出口まで来た時、リオンは一度だけ振り返った。


 墓石は変わらずそこに立っている。


「また来る」


 小さくそう告げる。今度こそ返事はなかった。


 それでも不思議と寂しくはなかった。リオンは前を向く。


 そして、静かに歩き出した。




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