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スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。  作者: 山田✴ソラ


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第310話 父との別れ

 三国和平条約が締結されてから三日後。


 リオンは数名の護衛だけを連れ、アルベール領へ向かっていた。


 かつて自分が暮らした土地。


 そして、エドワードが治めていた領地でもある。


 戦争は終わった。


 だが、最後にやるべきことが残っていた。


 兄を返すことだ。

 

 アルベール城の門は静かに開かれていた。


 和平が成立した今、敵意はない。それでも城の中に漂う空気は重かった。


 中庭の中央には棺が置かれている。リオンはその前まで歩き、足を止めた。


 護衛たちも後ろで黙っている。やがて城館の奥から人影が現れた。


 父。アルベール男爵。


 その隣にはエドワードの母。さらに親族たちが続く。


 父の姿を見た瞬間、リオンは少し驚いた。


 記憶より老けていた。背筋こそ伸びているが、髪には白いものが増え、顔には深い皺が刻まれている。


 父もまたリオンを見つめた。何か言おうとしているようだった。だが結局、口を開かなかった。


 先に沈黙を破ったのはリオンだった。


「返しに来た」


 棺へ視線を向ける。


「兄貴だ」その一言だけだった。


 エドワードの母が震える足で棺へ近づく。


 蓋が開かれる。


 中を見た瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。


「エドワード……」かすれた声だった。震える指が棺へ伸びる。


 父は何も言わなかった。ただ目を閉じ、長く息を吐いた。


 その姿を見ても、リオンの胸は不思議なほど静かだった。


 怒りもない。憎しみもない。ただ遠い昔の出来事を眺めているような感覚だった。


 しばらくして、エドワードの母が顔を上げた。


 涙で濡れた目がリオンを睨む。


「あなたが殺したの……?」


「俺だ」リオンは目を逸らさなかった。


「どうして……!」声が震えている。


「血の繋がった兄でしょう!?」


 中庭の空気が張り詰める。リオンは少しだけ空を見上げた。あの日の草原を思い出す。


 風の音。兄の背中。最後の言葉。


「戦場で敵だった」静かに答える。「それだけだ」


「そんな理由で!」


「十分な理由だ」


 その言葉に、彼女は何も返せなかった。

納得できるはずがない。だが事実だった。

戦争はそういうものだ。

  

 父が一歩前へ出る。「リオン」低い声だった。昔と変わらない声。「和平は成立した」


「ああ」


「それでも殺したのか」


 リオンは父を見る。しばらく沈黙が流れた。


「向こうが望んだ」


「……」


「俺が応じた」


 それだけだった。父は何も言わない。言えなかった。


 決闘を否定できないことくらい、自分が一番よく知っているからだ。


 だが理解できても、受け入れられるとは限らない。


 親としてはなおさらだった。

 エドワードの母が再び何か言いかける。


「あなたなんて最初から!」


 その言葉は途中で止まった。リオンが見返していたからだ。


 感情のない目だった。幼い頃、何度も向けられた視線。


 聞こえるように言われた言葉。何も与えられなかった日々。忘れたわけではない。


 ただ、今さら怒る気もなかった。


 エドワードの母は唇を噛み締め、視線を逸らした。


 父もまた黙り込む。重い沈黙だけが残った。


 リオンは踵を返した。もう話すことはない。


 だが数歩進んだところで足を止める。振り返りはしなかった。


「……一つだけ言っておく」


 静かな声が響く。


「アルベール領が残っただけでも運が良かったと思え」


 誰も口を開かない。


「本気でやるなら、占領することもできた」


 それは脅しではなく事実だった。共和国軍にはその力があった。だがリオンは選ばなかった。戦争を終わらせる方を選んだ。


 それだけだ。返事はなかった。リオンも求めなかった。

 

 城門を抜ける。背後で門がゆっくり閉じる音が聞こえた。


 それはまるで、過去そのものが閉じられる音のようだった。


 馬に乗り、街道へ出る。もう振り返らない。あの城は、自分の帰る場所ではない。


 昔は違ったのかもしれない。だが今は違う。


 共和国には待っている人たちがいる。家族がいる。仲間がいる。守りたいものがある。


 それだけで十分だった。


 風が吹く。リオンは手綱を握り直した。

長く続いたレオルディア王国との因縁。そして、アルベール家との縁。


 その全てに区切りをつけるように。馬は前へ進む。


 リオンもまた、二度と後ろを振り返ることはなかった。




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