第308話 三国和平
リベスト奪還から数日後。
総督府の大会議室には、かつてない顔ぶれが集まっていた。
ガルリオン共和国。
グランゼル王国。
レオルディア王国。
三国の代表者たちが同じ長机を囲んでいる。
ほんの少し前まで戦場で剣を交えていた相手だ。
誰もが落ち着かない顔をしていた。
無理もない。
会議開始から数時間。
まともに話は進んでいなかった。
「我が国としては賠償問題を」レオルディア側の貴族が口を開く。
「その話は後だ」リオンが即座に切った。
「しかし!」
「後だ」
「最低限の確認だけでも…」
「後」
ぴしゃりと言い切る。会議室が静まり返った。
レオルディア側の面々が顔を見合わせる。
誰も続けようとしない。今のリオンは機嫌が悪かった。誰が見ても分かるくらいに。
ナルディ防衛戦。リベスト奪還。補給線の確保。負傷兵の対応。連日の軍議。
その全てが終わったと思ったら今度は外交会議である。
寝不足も限界だった。
隣で見ていたガルヴァンが小声で呟く。
「やめとけ」
「ですが……」
「今のリオンは危ない」
共和国側の将校たちが無言で頷いた。
全員経験者だった。
それからさらに数時間、会議は相変わらず進まない。
領土。賠償。関税。捕虜。国境警備。議題は山ほどある。
誰も譲らない。誰も間違ったことは言っていない。
だから余計に終わらない。ついにリオンは机に突っ伏した。
「……面倒臭ぇ」
ぼそりと漏れた一言。しかし、会議室は静まり返る。
危険信号だった。
ガルヴァンが顔を引きつらせる。「あー……」嫌な予感しかしない。
リオンはゆっくり顔を上げた。目が死んでいた。
「もう決める」
全員が固まった。
「まず停戦」リオンが言う。「反対あるか」
誰も手を挙げない。戦争継続を望む者はいなかった。
「じゃあ決まり」
さらさらと紙に書く。
「次。国境線は現状維持」
「お待ちください」
レオルディア側の代表が慌てて口を開いた。「細かな調整が!」
「後で専門家が詰めろ」
「ですが」
「俺たちがやるより上手いだろ」
それはその通りだった。誰も反論できない。
「捕虜交換」
「商人の往来再開」
「民間人保護」
「賠償は今後協議」
次々と決まっていく。もはや交渉というより処理だった。
ガルヴァンが頭を抱える。「こんなのでいいのか……」
アメリアも苦笑している。
だが不思議なことに、大きな反対は出なかった。
全員分かっていたのだ。ここで話を長引かせても、苦しむのは現場の兵士と民間人だと。
レオナルド伯爵も静かに腕を組んでいた。
そして、小さく頷く。「悪くない」
その一言で会議室の空気が少し変わった。
夕方近くになって、ようやく条約文が完成した。
書記官たちは疲れ切った顔をしている。
何度も修正を繰り返したのだ。
リオンは椅子にもたれかかった。「終わったか?」
「まだ署名が残っています」書記官の返答に、リオンは露骨に嫌そうな顔をした。
「まだあるのか……」
「あります」逃がさないという強い意志を感じた。
やがて最終確認が終わる。
レオナルド伯爵が条約書を手に取った。
一通り目を通し、苦笑する。「強引だな」
「知ってる」リオンは即答した。
グランゼル側の代表も苦笑している。だが誰も異議は唱えない。多少強引でも、戦争を終わらせる内容になっている。
それだけは確かだった。
レオナルド伯爵が署名する。続いてグランゼル王国代表のサルファ。最後にリオン。ペン先が紙の上を滑る。署名を書き終えた瞬間。
ガルヴァンが大きく息を吐いた。「終わったな」
その言葉に、ようやく実感が湧いた。長かった。本当に長かった。ナルディ防衛戦。リベスト奪還戦。
そして、三国を巻き込んだ戦争。多くの人間が傷付き、多くの人間が死んだ。
その戦いが、ようやく終わったのだ。
会議終了後。夕暮れのリベストを眺めながら、リオンは窓辺に立っていた。
「リオン」と呼ぶ声が聞こえた。
リオンは振り返りレオナルド伯爵がいた。
「何ですか?叔父様」
レオナルド伯爵は溜息を付きながら「エドワードからの決闘状だ」と手紙を渡される。
決闘状には【我が国が和平を選ぼうとも貴様と決着を付けたい】と場所と時間が書いてあった。
リオンはレオナルド伯爵に「わかりました」とだけ告げて夕日を眺めた。
レオナルド伯爵は複雑な顔で去って行った。
市場には人の姿がある。商人の呼び声も聞こえる。
子供たちが走り回り、兵士たちもどこか肩の力が抜けていた。
久しぶりの平和だった。
レオナルド伯爵が去った後にガルヴァンが隣へ並ぶ。「お前さ」
「なんだ」
「もう少し外交らしくできなかったのか」
リオンは少し考えた。本当に少しだけ。
「無理」即答だった。
ガルヴァンが吹き出す。「だと思った」
二人は顔を見合わせて笑った。
完全な解決ではない。これからも揉めるだろう。賠償もある。国境問題も残っている。
だが少なくとも今日だけは違う。剣ではなく言葉で終わらせた。それだけで十分だった。
リオンは夕焼けに染まる空を見上げる。
「帰えりたい」
複雑な心境がリオンに本音を言わせた。




