第306話 反攻の狼煙
ナルディ防衛戦が始まって二週間。
城壁の上では、今日も兵士たちが空を眺めていた。
敵陣は見える。だが攻めてこない。こちらも出ていけない。そんな日々が続いていた。
「また来なかったな」
見張りの兵士が肩を回しながら呟く。
隣の兵士が苦笑した。
「来られても困るがな」
その言葉に周囲から小さな笑いが漏れた。
笑えるだけ、まだ余裕はある。だが疲労は確実に溜まっていた。夜は眠れない。昼は緊張が続く。
いつ攻めてくるか分からない敵を前にして、気が休まる時間などなかった。
それでも兵士たちは持ち場を守り続けていた。
皆が待っていた。共和国本軍の到着を。
そして、その日は唐突にやってきた。
「おい……あれ」
南門の見張り台で、一人の兵士が目を細めた。
遠くの街道。土煙が見える。最初は騎兵隊だと思った。
だが違う。音がおかしい。馬の足音ではない。低く唸るような音だった。
やがて姿が見える。巨大な鉄の塊。
見たこともない乗り物が列を作って進んでくる。
「なんだあれ……」
誰かが呟く。
「魔導兵器か?」
「いや、怪物じゃないのか?」
ざわめきが広がる。その時だった。
「共和国軍だ!!」
誰かが叫んだ。
一瞬の静寂。
そして、歓声が上がった。
城壁の上。リオンは双眼鏡を下ろした。
自然と口元が緩む。「来たか」
隣でガルヴァンが大きく息を吐いた。
「ようやくだな」
その一言には二週間分の重みがあった。
待っていた。本当に待っていた。
補給だけでは戦争は終わらない。いつかは前へ出なければならない。
そのための戦力が、ようやく到着したのだ。
鉄の車列は次々と城門を潜っていく。
荷台には武装した兵士たち。
狼族。獣人。エルフ。そして、共和国軍の旗。
疲れ切っていたナルディ兵たちの顔にも笑顔が戻っていた。
「助かった……」
「本当に来たぞ……」
「これで戦える」
誰かがそう呟いた。
その声は一人ではなかった。
その夜。軍議室には全員が集まっていた。
リオン。ガルヴァン。アメリア。サルファ。そして、共和国軍の指揮官たち。
机の上には地図が広げられている。リオンはしばらく黙っていた。全員が次の言葉を待っている。やがて地図の一点を指で叩いた。
「反撃する」静かな声だった。
だが誰も反対しなかった。二週間。守ることしかできなかった。
仲間を失った者もいる。故郷を奪われた者もいる。だからこそだった。
ようやく前へ進める。その事実だけで十分だった。
「目標は?」ガルヴァンが尋ねる。
リオンの指がゆっくり動く。そして、止まった。
「リベストだ」
室内が静かになる。ゼルファと出会いの場所。レオルディア軍に奪われた街。
忘れた者はいない。
「取り返す」
短い言葉だった。だが全員の表情が変わった。
一週間後。丘の上でリオンは遠くを見つめていた。前方にはリベスト。
高い城壁。見慣れた街並み。だが今は敵の旗が翻っている。
隣でガルヴァンが呟く。「懐かしいか?」
「ああ」短く答える。
二週間前なら考えられなかった場所だ。
三万の軍勢に包囲され、ただ耐えるしかなかった。
だが今は違う。後方には一万の連合軍がいる。兵士たちの足取りも重くない。
勝てるかもしれない。そんな空気が広がっていた。
リオンは双眼鏡を下ろす。リベストの先には、まだ敵がいる。兄エドワードもいるかもしれない。
王として友のために。
そして、グランゼル王国を取り戻すために。
リオンは静かに口を開いた。「前進」
命令と同時に軍勢が動き出す。風が吹いた。共和国軍の旗が大きく翻る。
誰も足を止めない。反撃は、ようやく始まったのだから。




