第303話 補給線
翌朝。
ナルディ郊外には薄い朝靄が広がっていた。
リオンは空き地の中央に立ち、腕を組みながら前を見つめている。
隣にはガルヴァン。
少し離れた場所にはアメリアとサルファ、そしてナルディ軍の幹部たちが集まっていた。
誰もが同じ場所を見ている。
何もない空間だ。
「本当に来るのか?」
サルファが怪訝そうな顔で尋ねた。
「来るはずだ」
「はず?」
「昨日送ったんだからな」
リオンは肩を竦める。
「俺だってわからんよ。来る時は来るさ」
「王の発言としてどうなんだ、それは」サルファが呆れたように言う。
ガルヴァンが鼻で笑った。「安心しろ。俺も最初は同じことを思った」
「安心できる要素がないぞ」
そんな会話をしていた時だった。
空気が揺れた。
水面に石を投げ込んだように景色が波打つ。
兵士たちがざわめく。
「呼んだぞ」リオンが呟く。
歪みは徐々に大きくなり、白い光が広がった。
そして、一軒のマンションタイプの家が姿を現す。
見慣れたリオンの前世の日本の家だ。
「……」サルファが無言になる。
「どうだ?」
「いや、待て」サルファは額を押さえた。
「私は今、家?が出現する瞬間を見たのか?」
「見たな」
「家が?」
「家が」
兵士たちの間から笑いが漏れる。
何度か見ているナルディ兵ですら慣れていない。
リオンは玄関へ向かい、扉を開いた。
その瞬間、思わず足が止まる。
「これは……」
家の中が木箱で埋まっていた。
廊下にもリビングにも階段の下にも見える場所すべてに木箱が積まれている。
ガルヴァンが後ろから覗き込んだ。「想像以上だな」
「ああ」
火薬の匂いが鼻を突く。本当に全力で集めたのだろう。木箱の上には封筒が一通置かれていた。
リオンは手紙を読み終えると、小さく息を吐いた。
「どうだった?」ガルヴァンが尋ねる。
「補給は続けるそうだ」
「助かるな」
「ああ」
それ以上の言葉は出なかった。
どれだけの人間が動いたのか分からない。
だが、自分たちのために動いてくれた人間がいる。
それだけで十分だった。
午前。
訓練場には大勢の兵士が集まっていた。
運び出された木箱が並べられ、その前に銃が置かれている。
ナルディ兵たちは興味深そうに眺めていた。
「これで本当に敵を倒せるのか?」
「見た感じは鉄の棒だぞ」
「硬そうではある」
最後の感想に周囲から笑いが起きる。
リオンは銃を手に取った。
「見てろ」
前方の的へ向ける。引き金を引いた。銃声が響く。木板が弾け飛んだ。
兵士たちが一斉に声を上げる。
「うおっ!」
「速すぎて見えなかった!」
「今ので穴が開いたのか!?」
驚くのも無理はない。
彼らの世界では矢は飛んでいる姿が見える。だが銃弾は違う。見えた時には当たっている。
サルファも真剣な顔で的を見ていた。
「厄介だな」
「敵に回したらな」リオンは銃を差し出す。
「やってみるか?」
「私が?」
「将軍なんだから覚えとけ」
サルファは渋い顔をしながら受け取った。
数秒後。銃声。そして、「ぐっ!?」反動で体が揺れる。
周囲から笑いが起きた。
「笑うな!」
将軍の叫び声に、さらに笑いが広がった。
重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。
午後になると訓練は本格化した。
「銃口を人に向けるな!」
「装填確認!」
「撃つ前に周囲を見ろ!」
共和国兵が教官となって指導する。
慣れない武器に悪戦苦闘する者も多かった。
反動に負ける者。狙いが全く定まらない者。撃つたびに肩を押さえる者。それでも兵士たちは真面目だった。訓練を投げ出す者は一人もいない。
戦わなければ街がなくなる。
それを全員が知っていた。
夕方には的へ命中させる者も増え始めていた。
サルファがその様子を眺めながら言う。
「兵士が武器に慣れるのを待つ必要がないのか」
「全くないわけじゃない」リオンは答える。「だが弓よりはずっと早い」
「恐ろしいな」サルファの言葉にリオンも頷いた。
もし自分がこの世界の王族として生まれていたなら、同じ感想を抱いただろう。
夜。
城壁の上では兵士たちが夕食を取っていた。
配られた缶詰を開ける音があちこちから聞こえる。
「この肉、柔らかいな」
「干し肉より全然いいぞ」
「おい、交換しないか?」
「嫌だ」
笑い声が上がる。
つい数日前まで沈んだ顔をしていた兵士たちとは思えなかった。
腹が満たされるだけで、人は少し前を向ける。
それをリオンは知っている。
「顔色が違うな」隣へ来たガルヴァンが言った。
「ああ」リオンも頷く。
まだ状況が好転したわけではない。
敵は三万。
こちらは五千。
数字だけ見れば相変わらず絶望的だ。
だが、兵士たちの目から諦めの色は消え始めていた。
それは大きい。
戦う前から負けている軍隊ほど弱いものはない。
リオンは城壁の向こうを見た。闇の先に敵軍がいる。いずれ来る。避けられない戦いだ。
「二週間か」ぽつりと呟く。
長い。
だが乗り切れない時間ではない。そう思えるようになっていた。遠くで兵士たちの笑い声が聞こえる。
リオンはそれを背中で聞きながら、静かに夜空を見上げた。




