第301話 絶望的な兵力差
兄エドワードとの戦いから一夜明けた。
ナルディの朝は慌ただしかった。城壁の上では見張りが周囲を警戒し、街では避難民たちが配給の列を作っている。
そんな中だった。「援軍です!」見張りの兵士が声を張り上げた。
その一言で城内がざわつく。アメリアが真っ先に城壁へ駆け出した。リオンとガルヴァンも後に続く。
城壁の上から南の街道を見下ろす。土煙を上げながら軍勢が近付いていた。
風にはためく旗。黄金の剣と白い獅子。
グランゼル王国の旗だった。
「来てくれた……」アメリアが小さく息を吐く。
その声には安堵が滲んでいた。
ナルディは長い間孤立していた。
味方の旗を見るだけで胸に込み上げるものがあるのだろう。
やがて城門が開かれ、援軍が入城する。
先頭を進む一人の男に、アメリアの表情が明るくなった。「兄上!」
男は馬を降りる。三十代半ばほどの精悍な男だった。
鋭い顔立ちだが、その青い瞳はアメリアによく似ている。
「無事だったか」
「当然です」
短いやり取りだった。
だが互いの顔を見た瞬間に張り詰めていたものが少しだけ緩んだのが分かった。
兄妹は軽く抱き合う。再会を喜ぶ時間など戦場にはない。
それでも十分だった。
男はリオンへ向き直る。
「初めまして。グランゼル王国将軍サルファ・イダールです」
「ガルリオン共和国国王リオン・ガルリオンだ」
二人は握手を交わした。
だが握った瞬間、リオンの意識は別のところに向いていた。
後方を行軍してくる兵士たち。その列。
隊列の長さ。数。無意識に数えてしまう。
そして、眉がわずかに動いた。
「三千位か?」
サルファの表情が曇る。
「……ああ」
リオンはさらに街道の先へ視線を向けた。続く軍勢は見えない。
嫌な予感がした。
「本軍は?」
サルファは答えない。
「本軍はどこだ」少しだけ声が強くなる。
サルファは苦々しい顔をした。「来ない」
短い返答だった。
「なぜだ」
「国内が荒れている」
その一言で察した。良くない状況なのだと。
「王族派と貴族派が衝突している。南部でも問題が起きた。軍を大規模に動かせない」
アメリアが悔しそうに唇を噛む。サルファ自身も納得していないのだろう。
だが現実は変わらない。
「つまり」リオンが確認する。「援軍はこれで全部だ」
「ああ」
重い沈黙が落ちた。ようやく来た援軍だった。だが期待していた規模には遠く及ばない。
その日の夕方、軍議室。
机の上には偵察報告書が積まれていた。
狼族の斥候たちが命懸けで集めた情報だ。
「報告を」リオンの声に、一人の斥候が前へ出る。
「レオルディア王国軍、推定二万から三万」
部屋が静まり返った。
予想はしていた。だが実際に数字として聞かされると重みが違う。
「確実か?」
「はい」斥候は迷いなく答えた。「さらに後続部隊がいる可能性があります」
誰かが小さく息を吐いた。
ガルヴァンだった。
「約三万か……」
ナルディ守備隊は二千。
そこへ加わった援軍が三千。
合わせて五千。単純計算で六倍。
しかも、相手は軍事国家レオルディア。
数だけではない。練度も高い。
軍議室の空気が重くなる。
誰も軽々しく楽観論を口にできなかった。
やがてサルファが口を開く。「城に籠もれば時間は稼げる」
アメリアも頷く。「城壁もまだ十分機能しています」
だがリオンは首を横に振った。「長くは持たない」
全員の視線が集まる。
「食料が足りない」
それだけで十分だった。
軍だけならまだいい。ナルディには避難民もいる。子供も老人もいる。彼らを見捨てるわけにはいかない。
「時間が経つほど苦しくなるのは俺たちだ」
ガルヴァンが腕を組む。「なら野戦か?」
誰もすぐには答えられなかった。
三万対五千。
普通に戦えば勝負にならない。
沈黙が流れる。
窓の外では夕日が城壁を赤く染めていた。
リオンは地図へ視線を落とす。ナルディ。レオルディア軍。街道。森。川。
指先でなぞる。どこかに勝ち筋があるはずだった。
なければ作るしかない。負ければ街は落ちる。
アメリアもサルファも守れない。
避難民たちも救えない。
それだけは認められなかった。
「……」
気付けば全員が自分を見ていた。答えを待っている。
だが今はまだ何も見えていない。リオンは再び地図へ目を落とした。
三万の軍勢を相手に、五千で勝つ方法。
無茶な話だ。
それでも探さなければならない。共和国の王として、そして、この街を守る者として。




